魔人兄妹のディナータイム

「これは……ああ、これは素晴らしいぞ妹よ……!!」


 日没も近づいて来た頃に目を覚ましたクロが、イロハが狩ったフクロウを見た第一声がそれだった。血抜きの魔法――心臓に空いた穴に接続された空気のチューブ――は既に解除されている。


 クロはイロハの頭を撫でながら、手術衣の外付けポケットを探る。イロハはのどを撫でられた猫のような表情をしていた。


「こいつは……確かゆで料理向きだったか――【食肉解体ディバイド・ミート】」


 手を清めたクロはポケットから調理用のナイフ――無論研究施設の厨房から盗んで来た物だ――を取り出すと、魔法を使ってからその刃をフクロウの身に通し始めた。刃が1度動く度にフクロウが羽毛、皮、肉、内臓、骨というパーツ毎に分割されるという出鱈目な現象が発生する。


食肉解体ディバイド・ミート】。読んで字の如く狩った動物を解体するための魔法である。“完全に絶命した動物にしか効果がない”、“ある程度切れ味の良い刃物を媒体にしなければならない”、など制約はあるが、解体の素人でも刃を適当に何回か肉に通すだけで獲物を食べ頃サイズのサイコロ肉に変えることができる。


 クロは完全に分割された立方体の肉塊を、魔法を解除したナイフで叩いてミンチにし、手で捏ねて団子状にしていく。途中でイロハも参加し、最終的に肉団子が20個程出来上がった。クロはその内6つを宙に浮かべた熱湯球の魔法に放り込み、残りに食肉保存用の魔法を掛けて袋詰めにした上で外付けポケットにしまう。


「そろそろだな」


 肉団子のゆで上がりを見計らい、クロは熱湯球の真下に底の深い皿(盗品)を置いて魔法を解除した。皿に落下した肉団子から立ち上る湯気が、食欲をそそる香りを運んで来る。


 クロは続けてリュウノタマゴタケを手早くナイフで薄切りにし、円を描くような形で肉団子の周りに敷き詰めていく。


 施設を飛び出して初めての、料理らしい料理が完成した。


「凄く、美味しそう……!」


「ああ、自分で言うのもなんだが同感だ……!」


 瞳をキラキラとさせながら、イロハがクロの顔を伺う。最早待ちきれない、といった様子だった。


「では、イロハの狩りの成功を祝して、乾杯」


「乾杯!!」


 ポケットから取り出されたコップに魔法で水を注ぎ、兄妹はそれを打ち合わせた。喉を潤してから、揃ってフォークに刺した肉団子を口にした。


 味付けも何もない、素材そのままの淡白な味。おかしなクセや雑味、臭みもない、素朴な味。リュウノタマゴタケやお菓子のように味覚を焼き切るような衝撃など望むべくもない。


 だが、施設あの場所では絶対に感じられなかっただろう味だった。あそこの料理も淡白な味だったが、このフクロウ肉団子とは質が違う。魔人の栄養補給という目的以外の全てが削ぎ落とされた施設の料理は、口の中に不毛の大地が広がるような感覚だったのだ。


「今まで食べた何よりも美味しい気がするわ……」


 ほぉっと吐息を漏らしながら、静かにイロハが呟いた。一般的にはお菓子や高級食材であるリュウノタマゴタケの方が美味しいのだろう。しかし、きちんとした味がある食べ物に慣れていない舌にとっては、強烈過ぎる刺激が走り抜けるそれらよりこの肉団子の方がしっかりと美味しさを感じることが出来たのだった。


「慣れれば、これもしっかり味わうことが出来るのだろうがな」


 クロはスライスされた高級キノコの味に紅い瞳を大きく見開きながら言う。このキノコももう結構な数を食べたが、なかなか味覚が味に着いていかなかった。


「今はやはり、この肉団子の方が我々の舌には合う……か。本当に、良くやってくれた」


「どういたしまして。飛びかたのクセは掴んだから、もういくらでも返り討ちに出来るわ」


「それは楽しみだ。だが、樹海を抜けるまでそう日もかからないだろうから、それまでにフクロウが襲ってくるかどうかという話になるな」


 イロハの頭を優しい手つきで撫でながら、クロは森の中に目を向ける。シドクジュカイリュウの動きはゆっくりしたものではあるが歩幅が広いため、甲羅に乗り込んでから既にかなりの距離を進んでいた。幸い、樹海の主は施設から離れる方向に歩みを進めている。施設に近付いていきそうになったらキノコだけ拝借して降りることもクロは考えていたが、竜はもうしばらくは2人の足になってくれそうだった。


 クロは頭の中で地形図を紐解く。シドクジュカイリュウは死毒流血樹を求めて何度か方向を変えたりはするものの、概ね北東に進んでいるようだった。施設とも、イロハが警備部隊を吹き飛ばしたのともほぼ真逆の方向である。


 このまま進めば、標高700メートル程の山に行きつくはずだった。そこからは植生もガラリと変わり、研究施設のレポートには頼れなくなる。ただ、流石に無毒な生物の方が多くなるだろうとはクロも思っていた。


「そうなのね……凄く美味しかったから、少し残念だわ」


「なに、作った対空魔法は決して無駄にはならないし、樹海を抜ければまた別の味にありつけるさ」


「それもそうね」


 そう言うとイロハは肉団子をまた1つ口にして幸せそうに目を細めた。


 2人は、それから長い時間をかけて、森の恵みを味わった。

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