魔人1号は出撃する

「――して、陛下は何と?」


 研究施設にある医務室のベッドの上で上体を起こしながら、全身に包帯を巻き付けた“教官”ことガイオス・レオルドが問いを発した。彼はクロたちが施設から脱出した直後に、図らずも彼らを挟撃する形となっていたバルファースらと交戦して浅くはない手傷を負わされていた。率いていた精鋭部隊も、死者こそいなかったものの全員似たような状況だった。


 施設襲撃から数時間が経過しており、日も既に昇っている。負傷者の手当てと平行して、被験体168番イロハが放った大規模魔法により吹き飛ばされた警備部隊の捜索も行われていたが、未だ目立った成果は上がっていなかった。


「『至急奪還部隊を編成し、魔物を追跡せよ。あくまで魔人の奪還を最優先とするように』と仰せだ」


 静かにそう告げたのは、この研究施設の長である白衣をまとった初老の男、ハウル・クーゲルダイン。ガイオスとは竹馬の友と言える間柄だった。かなり大柄のガイオスと比較するとその身は細く、いっそ儚い、と形容出来てしまいそうな程だった。


「なんと……!?」


 聞いたガイオスは目を見張った。軍の最高指揮官も兼ねている皇帝には研究施設の現状――魔物の襲撃により施設と人員がダメージを受け、更にそのどさくさに紛れて魔人2体が逃亡した――を包み隠さず報告したはずだった。それが、何故か“魔物が魔人を拉致した”ことになってしまっている。


「そういうことにしておいた方が都合が良い、とのことだ」


「……ああ、陛下が悪巧みをしておられる顔が目に浮かぶようだ」


 ガイオスは、少し前に代替わりした若き皇帝のほくそ笑む姿を思い浮かべながら、白い天井を仰いだ。かつて暴君と恐れられた先帝グレーゴルグの血を受け継いでいるとは思えないほど、このルミナリウスという新たな皇帝は穏やかな気性の持ち主であった。今回の件も、先帝が存命であれば最低でも自分かハウルどちらかの首は物理的に飛んでいただろう、とガイオスは考えていた。


 だが新皇帝ルミナリウスは単に穏やかなだけの人物という訳ではない、ということを2人はよく理解しており、今回も何かしらの策を練っているのではないか、と思っていた。


「魔人奪還を最優先……ということは、編成するべきは脱走した奴らの追跡部隊という訳だな」


「ああ。彼らは早急に拘束して連れ戻さねばならん。機密情報の塊である上に強力な戦力でもある。彼らの成績は中の下……といったように記録されているが……」


「あれが中の下などであるものか……!」


 ガイオスが表情を歪めながら吐き捨てる。彼は被験体96番クロ被験体168番イロハの実技訓練の模様を教官としてずっと観察しており、彼らの実力は把握していたつもりだった。クロはあらゆる種類の魔法をそつなく使いこなすものの全体的に出力不足でパワーに欠け、イロハの方は放つ魔法のスペックが身体に組み込まれた魔晶から想定されるものを大幅に下回っていた。そのはずだった。


 蓋を開けてみれば、被験体を縛っていたはずの首輪は完膚無きまでに無力化され、施設のあちこちを謎の魔法でくり貫かれ、想定外の大魔法により警備部隊にも相当数の負傷者、行方不明者が出た。加えて、研究資料も数点持ち出されていることが後になって判明した。


「揃って爪を隠していた……という訳か」


「いや、おそらく168番の方は96番に何か入れ知恵をされたのだろう。訓練中の様子を見るに無能を演じていたとはとても思えん。奴が初めて訓練標的を一撃で砕いたあの瞬間までは、奴の実力は間違いなく評価通りだったのだ」


「魔晶96番――『魔術師殺し』。よもや死んだ後まで我々の悩みの種となろうとは……」


 戦場に現れてから魔人1号によって討伐されるまでの約1年間で甚大な被害を帝国軍にもたらした上級悪魔グレーターデーモン。あらゆる魔法を端から掻き消していく悪夢のような光景から『魔術師殺し』の異名を付けられ、最大級の警戒対象となっていた。討伐された時には国を挙げて記念パーティーが開かれた程だった。


「ともかく奴らへの警戒レベルを引き上げる必要がある。残存戦力からはなるべくトップレベルの者を。場合によっては遠征予定だった“第2世代”をここで投入することも視野に――」


「その必要はねーぜ」


 突然、医務室の扉が爆発的な勢いで開かれた。


 驚いたガイオスたちが入り口に目を向けると、紺を基調にした帝国軍の軍服をまとった、1人の少年が立っていた。年齢は13、4歳くらいの、何処にでもいそうな普通の少年だった。


 ……その身のあちらこちらが、鱗のような形状の結晶体で覆われてさえいなければ。


 帝国軍が誇る最高戦力、クリスタルドラゴン由来の魔晶との融合体“魔人1号”がそこにいた。


「貴様……北方の将軍級はどうしたのだ?」


 魔人1号には、帝国北方の山岳地帯に出現が確認されたアンデッドタイプの将軍級を討伐する任務が与えられていたはずだった。


「ああ?それならきっちりブッ殺して来たぜ。ほらよ」


 魔人1号が、黒光りする結晶が入ったカプセルをハウルへ投げ渡す。ハウルはそれを魔力を使って簡単に検品すると、白衣の胸ポケットに収めた。


「ご苦労。だが、我々は撤退命令を出してはいない。何ゆえ戻って来たのだ?」


「陛下直々のご命令だ。“君の後輩が2人脱走した。速やかに連れ戻せ”ってな」


「なるほど……」


 ハウルは口元に手を添えながら思案する。北方の将軍級が討伐された今、他に魔人1号の出撃が必要な程緊急性の高い案件を抱えた戦場はなかった。機密漏洩の危機であるこの事態に、手が空いた魔人1号を駆り出すことに誰も反対する者はいないだろう。ましてやそれが皇帝直々の命となればなおさらである。


「この一件はオレが預かる。おっさんたちは大船に乗ったつもりでいればいいさ」


 全ての魔人の祖たる少年が浮かべた笑みは、まさしくドラゴンが乗り移ったかのような獰猛極まるものだった……。





 余談だがこの日より数日後、皇帝の演説により士気を大幅に増した帝国軍は、魔物に占領されていた砦を2つ程奪還するという大戦果を上げた。ガイオスたちの予想は、見事に現実のものとなったのである。

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