魔人兄妹は夜更かしする

 被験体96番と呼ばれる青年と、被験体168番と呼ばれる少女が出会った翌日の夕刻。少女は屋内訓練場にて、訓練用の固定標的を前に魔力を練り上げていた。


 本日の最終訓練はこの固定標的の粉砕。最低1つは破壊しなければ、夕食にありつくことは敵わない。固定標的は高さと幅が共に2メートル、厚さ30センチの全金属製で、表面強度は魔法が有効な魔物の中でも出現頻度が高い【虚ろな鎧騎士ファントムナイト】のプレートメイルと同等程度に調整されている。


 高出力の魔法を放つことが苦手な少女にとっては、特に難しい訓練メニューだった。実際今までこの訓練を延長無しで突破出来たことはない。そもそも“空気は壁に阻まれるものである”、と少女自身が思い込んでしまっているため、魔法にとって最も大切な、“イメージの構築”にまず失敗してしまっていた。


 『魔法』とは、形無きものを形有るものへと変換するエネルギーである、『魔力』を用いて術者のイメージを現実にする業である。現実のものとして表したい“イメージ”が術者の中で揺らいでしまっている場合、魔法は十全に機能しない。魔法の出力が落ちてしまったり、魔法を安定させるため余計に魔力を消費してしまったりする。


 その為、魔法を発動する際は、発動したい魔法のイメージを言葉によって補完する『詠唱』を行うことが一般的であり、特に教本などに記載されている魔法は誰もがイメージを共有しやすいよう、基本的に詠唱句も統一されていた。


「『風よ、鋭き刃となりて切り裂け』――【風刃ウインド・エッジ】!!」


 練り上げた魔力に、少女は風の刃のイメージを乗せて放出する。少女が水平に振った細腕の軌跡に沿うように、空気が三日月形のカッター状に圧縮されて射出された。


 風の刃は訓練標的の真ん中辺りに命中し、浅い切り傷を刻む。破壊には程遠い結果だったが、この一撃で破壊できるような壁でないということを少女は嫌という程理解させられていた。どちらかといえば、コンディションを確認する意味合いが強かった。


(いつもより、調子は良いみたい……)


 魔力放出の起点としていた右手を何度か握り、少女は改めて標的を見据える。放出は普段よりもスムーズで、射出された刃の初速もいくらか速かった。本当に調子の悪い時などは、下級攻撃魔法の【風刃ウインド・エッジ】では傷1つ付かないこともざらにあったのだ。


 昨夜の出会いが良い影響を与えたのかもしれない、と心中で兄を名乗る青年に感謝しながら、少女は更に魔力を練って次なる魔法のイメージを構築する。


「『風よ、寄り集まりて重き槌となれ。我が望みしは破潰はかいの一撃なり』――」


 少女がかざした手のひらの前で、大量の空気が球状に圧縮されていく。空気塊はみるみる内に訓練標的と同等の直径2メートル程にまで膨れ上がった。


「――【旋風鎚ブラスト・ハンマー】!!」


 直後に、先程とは比べ物にならない破壊力を秘めた魔法が解き放たれ、訓練標的に襲い掛かった――




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




「それでも、居残りにはなってしまったんだな」


「……」


 その日の夜。


 予告通り再び天井に穴を開けて降りて来たクロに、少女は訓練のことを話していた。結局のところ、少女は時間内に訓練標的を砕くことは出来なかったのである。


 少女が標的を粉砕せんと放った【旋風鎚ブラスト・ハンマー】は、教本にある中では特に優れた破壊力を持つ上級魔法だった。普通なら、ここまで標的の破壊に苦労するようなことはないはずだ、とクロは考えた。


(思ったより、妹の思い込みは深刻らしいな……)


 クロは風系統の魔法には明るくない――そもそも特別得意な系統の魔法自体がない――ため妹が感じている息苦しさはわからないが、それによって壁に対するネガティブなイメージが少女の中に固着してしまっていることが実力を発揮出来ない原因であるということは察しがついていた。


「いっそのこと、壁を破れるような魔法を自分で作ってしまうのも手だと思うぞ?」


「え……?」


「必要十分な威力であるはずの教本の魔法で何度繰り返してもダメだったということは、お前の中では既に教本の魔法への信頼度が限りなく低くなってしまっているということだ。そんな状態ではいくら繰り返そうと結果は同じだろう」


 魔法とは術者のイメージに依存する部分の多い技術である。魔法を使う者が、『この魔法では結果を出せない』と思ってしまうと実際の魔法の出力まで下がってしまうというのは、珍しい話ではない。


「ならば最初から“壁を破る”ことだけを考えた魔法を新しく作ってしまえばいいんだ。これなら余計なイメージが割り込むことはない」


「そんなことが……出来るの?」


「出来るさ。俺もここから抜け出すために色々魔法を作ろうとしていたし、実際に作ったからな。ここに降りるために使った魔法もその1つだ」


 と、クロは丸く切り抜かれた天井を差した。天井の穴は余計な傷も無く完全な真円を描いていた。穴を開けたという痕跡を一切残さないようクロがこだわり抜いた結果である。


「壁や天井とは、首輪これさえ無ければ魔法使い俺たちにとっては脆いものだ。幸いにして、お前の凝り固まり過ぎたネガティブイメージを打ち砕くに足る材料は今日の土産の中にあることだし――」


 話の途中で、少女は兄から紙束を受け取った。『音を立てない壁掘り魔法』、『夜間警備の巡回ルートまとめ』、『研究員が部屋を空ける時間一覧』、など一目見ただけで危険と分かる言葉が並んでいる。本来兄は今夜自分を散歩に連れ出す予定だったのだろうか、と少女は考えた。


 そしてクロは話の締めに、


「――その上でもう一押し、だ……『――――』」


 紙束に目を丸くしていた妹へと早口で何か魔法をかけた。


「!!」


 瞬間、少女の心に暖かい光が射し込むようなイメージが産まれ、恐怖や不安が一気に拭い去られた。同時に、今なら何でも出来るかもしれない、という謎の自信が湧き上がる。


「こ、れは……?」


「お前を励ますためだけに即興で作った魔法だ。詠唱句も考えてないから出力も低いが……この場に限って言えば効果は抜群だろう?」


「うん……!!」


 ニヤリと笑うクロへ、少女は顔を輝かせて力強く頷いた。


「よし、ではこれから少し夜更かしだ――お前を阻む生意気な壁に、一泡吹かせてやるとしよう」

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