魔人妹は壁を砕く
――自分の意識を得た時には、既に首輪を嵌められていた。刷り込まれた知識と、薬や魔術の効きが良かったのか周りの少年少女たちより少し成長が進んだ肉体に慣れる暇もなく、訳もわからぬまま、魔法を使う方法や魔物を殺す方法を教え込まれた。
研究者に質問をすればまともな返事もなくあしらわれ、教官に口答えすれば電撃を浴びせられた。
『それはあなたが知る必要のないことです』
『儂の方針に口を出すな!キサマは魔物を殺すことだけを考えていればいい』
自分が人間ではなく兵器としか見られていないということに気付くまで、そう時間はかからなかった。そしてこのままここにいても、まともな未来なんてやって来ないということも。おそらくは、こき使われた挙げ句戦場で屍を晒すか、仮に戦いが終わったとしても用済みとされて処分されるだけだろう。
「そんなのは……御免だな」
そうして、被検体96番と呼ばれる青年は施設からの脱走を決断した――
◼️◼️◼️◼️◼️◼️
「……第3訓練場、配置よし、と」
クロは訓練場の天井の骨組みの上で、脱走用の“仕込み”を行っていた。本来この時間は彼も訓練標的を相手にした魔法訓練をしていなければならなかったが、自身に周りの人間の認識から外れる魔法を掛けて訓練場を抜け出していた。魔法の効果時間は長くないため、速やかに作業を終えて戻らなければならなかった。
何故この時間に仕込みをしているのかといえば、単純に訓練場が夜間は施錠されていて侵入出来ないからだ。警報魔法とリンクもされているためドアをくり貫く訳にもいかず、訓練中に教官の目を盗んで行うしかなかった。
(プランAが上手く行けばここは必要ないが……不足の事態に備えておいても損はあるまい)
“仕込み”が無事終了したのを確認し、クロは骨組みの上を慎重に歩いて戻り始める。所要時間は3分程だったためまだ認識阻害魔法の効果限界までに余裕はあったが、早く戻るに越したことはない。
その時、クロの眼下で一際巨大な爆音が轟いた。
見れば、粉々になった訓練標的の前で、被験体168番と呼ばれる少女――クロの妹が、
(夜更かしの成果が出たらしいな)
愉快そうな笑みを浮かべながら、クロは昨夜の事を思い返す。
クロが妹の部屋へと持ち込んだ自作資料の1つ、『音を立てない壁掘り魔法』の中に、参考として壁を掘る手段の一覧があり、妹はその中の“爆弾”をベースに魔法を作ることにしていた。他の少年少女たちが【
流石に部屋で試す訳にはいかなかったので魔法がどのような形になったのかは分からなかったのだが、どうやら無事に成功したようだった。
「ガッハッハッハ!!ようやくやりおったか」
顎ひげを蓄えた巨漢の教官が、高笑いしながら少女を引っ張り起こした。
「これで貴様もまともに使えるレベルになった訳だな!喜ばしいことよ。引き続き励むが良い」
早口でそれだけ言うと、教官は再び高笑いしながら歩き去ってしまう。呆然としている少女には、おそらく半分も聞こえてはいないだろう。
(気に入らないな)
しかしクロはしっかりと言葉の内容を聞いた。故に、その言葉の端々に“兵器として”という冠詞がつくことも察していた。
あの教官は自らの教え子である少女が成長を見せたことを喜んでいる訳ではない。あくまで戦場で使える兵器が1つ増えたことに対する喜びを表しているだけだ。少女たち被験体を人間扱いしてはいない。クロはそれが腹立たしかった。
「……いつまでも、籠の鳥のままでいると思うなよ」
誰にともなくそう呟いて、クロはその場から立ち去った。
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「――こうして、王子と姫は手を取り合い、悪い大臣たちを追い出すことが出来ました」
夜、クロは再び妹の部屋を訪れていた。今回は彼女の新作魔法が無事に成功したことに対する祝いも兼ねて、研究員の部屋から盗んで来た子供向けの物語を読み聞かせている。物語の展開に合わせてコロコロと表情が変わる妹の反応が面白くて、クロの演技にも力が入っていた。
内容は、悪徳大臣の策略で国を追われた王子と姫の兄妹が、大臣からの刺客を退けながら各地を巡って仲間を集め、王国を奪還するというものだった。
「――めでたしめでたし」
「ああ……終わってしまったのね……」
「余程気に入ったみたいだな」
「こんなに心が揺さぶられたの……初めてだったから」
王子と姫が未知の世界に踏み出していく場面にドキドキし、近くに潜む刺客に気付いていない2人を見てハラハラし、2人の剣術の師である元騎士団長との死別のシーンに涙し、王城での最終決戦を大興奮で見守り――物語が終わるまでの1時間強の間に、少女は何度も、これまで感じたことのない感情を味わった。
「ならば次はまた別の物語を
「ありがとう、にぃ様」
笑顔を輝かせてそう言った後、少女はハッとしたように口許を押さえた。
「ごめんなさい!姫が王子をこう呼んでいたからつい……」
何も言っていないのにあわあわしながら弁解を始める妹に苦笑しつつ、クロは彼女の頭を優しく撫でた。
「いや、良い。“にぃ様”とは兄妹の間柄にあるもの同士でしか通用しない呼び方だろう。お前が俺をそう呼んでくれたということは、お前が俺を兄として受け入れてくれたということであり、同時に我々は兄妹としてより強固に繋がれたということでもある。非常に、良い」
「特別な……呼び方?」
「そうとも。ただこれには逆パターンがない。兄が妹を呼ぶ際の呼称もあって然るべきだと思うのだがな」
その後クロは神妙な顔つきになって何かを考えている様子だったが、しばらくすると意を決したようにベッドから立ち上がり、妹に向かい合っておもむろに指先を彼女の首輪に向けた。
「これより、俺はお前に名を贈ろう。これは俺以外が呼ぶことのないものであり、同時にお前に付けられた“被験体168番”という呼び名への反抗の証だ。受け入れればもう俺はお前を手放しはしない。時が来れば、俺と共に
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