金華猫②

『――――まずは2人だ』


 金華猫が手を引き抜いた。

彼が貫いたところは背骨より横へ拳一つ分ほどズレており、ひらひらと舞う衣服までは貫通しなかったので、美波律子の傷の程度ははかれなかった。


 ただその衣服に滲み出た赤い血が、このままでは30分と持たない重体ではあることを知らせていた。


「まずい……!! 彼女を死なせては牙対に面目が立たない――――シクス!」


 少女は小さく頷いて、セブンスとともにまた消えた。

しかし今度は、トエルブはこの場に残るようである。


「加茂修一、確かに心臓は止めたんだろうな」

「ほっとくと死ぬ状態にはもっていってた! ただあいつはその気になれば自分と原材料だけが違う精巧な人間だって作れるはずなんだ――半端に部位を欠損させたくらいじゃすぐに起き上がってくるぞ!」


 さっきのでエイスはどうなっただろうか。

生死は不明だが、少なくとももう援護は望めないと覚悟しておいたほうが賢明だ。


 最初に金華猫から隙を作った狙撃手のファーストも動きがない。


 幾度のチャンスを拾ってここまで食らいついてきたが、それも3度目は望み薄だろう。


『僕を直した牙持ちを探しに行ったらしいな。 須藤癒乃。 彼女に死なれるのは僕としても不本意だ。 顔面が直せなくなるからな』


 金華猫は美波律子の髪を強引に掴んで持ち上げた。

それでも加茂やトエルブが止めに入れなかったのは、やはりあの光線の抑止力が強かった。


 少ししゃがんだ金華猫と顔が並ぶと、彼女は呻き声をあげた。

吐血している。

どうやら肺に血が入ったらしい。


『お前はどうだっていい。 その様子だと牙も失ったのか? 『物を開く牙』。 使いようでは役に立たない事もないが、君に成せて僕に成せない偉業は今のところ、ない』


 美波は溺れたような声で、辛うじてだが発声した。


「赤子同然の、牙風情が偉そうに…………これからやることの大きさで見栄を張るとは、随分……幼稚じゃないですか…………」

『その牙風情だからこそ、僕には威張る権利がある。 虎の威を借るまでもなく、僕の毛皮は虎柄なのだ』

「それが幼稚だって言ってるんですよ、…………強さや矜持はあってもカリスマがない、――――そういう意味では、獣と大差は……ないのかもしれませんが…………」


 金華猫は眉をひそめて、心底理解できないと言いたげな顔で固まっていた。

やがてニッコリ笑みを浮かべると、髪を掴んだまま立ち上がった。


『死ぬとわかったら深謀遠慮がなくなるのは人間の悪い癖だ。 お前はすべて終わるまで生かすことに決めた。 生と死の境を幾度と往復させたあとに、僕が梯子を外して殺してやる。 その上でまた同じ口が聞けるなら今の台詞、真に受けよう』


 おい、と金華猫が声をかけたのは音無だった。


『持っていけ。 須藤癒乃に直してもらったら、次は腕を切り落とす。 だから死ぬ前に、早いところ連れて行け』


 彼の表情は至って真面目な者のそれだった。


 トエルブの手を払うサインで、音無は決心したのか前に出る。

緊張感のありふれる構内に、彼女の足音だけが響いた。


 開きっぱなしの防火壁を過ぎたあたりで一度だけ振り返ったが、彼女は美波律子を背負った状態で足取り重く進んでいった。


『加茂修一さえ残ればどちらでも良かったのだがな――――……トエルブ、瞬間移動に似た能力はシクスの牙の力で、君自身は牙を持ってはいないのだろう? 正確には、「捨てた」』

「…………美波律子は、君をメモ帳か何かと勘違いしてたのか?」

『お陰で有益な情報が知れている。 君の何を警戒すればいいかとかな』


 トエルブの眉が微かに動いた。

どうやら彼の牙に関して、加茂の知らない情報があるらしい。


「――――加茂修一。 悪いが今回は私に合わせてもらう。 私の牙にな」

「お前の?」


 確か、彼の牙は海の底に沈めてそのままらしい。

もし引き揚げるなりで回収してあるのなら、トエルブは間違いなく、自分の牙を作戦に組み込んでいたはずだ。


「もし奴の知識が本物なら、この場で能力が確かでないのは私だけだ。 だから今ここに牙を呼び寄せる」


 トエルブの周りに風が起こった。

シクスの転移能力の影響で、室内の空気が押し出されたのだ。

新たに現れる物質のために。


「シクスの牙は、一度見て印をつけた物質を自身の一定距離に移動させる能力だ。 真横方向にしか転移できず、一度印をつけてしまえば


 トエルブの呼び寄せたものは、本当に牙なのかを疑うような見た目をしていた。


 少し黒っぽくて、ヒビの入っている木の棒だ。

それは枝の分かれ目をそのまま折った形ではなく、太い木の幹を加工して形成されていた。


「それが――トエルブの牙…………!」


 見た目からして、彼の能力の推測は無駄だろう。

全ては実践で学ぶしかない。


「――――私が先行する」

「その牙、信じていいんだな?」

制作者に聞け。 手にするのも忌々しい」


 ギリギリまで休めた牙を、加茂は起動させた。


『フン』


 金華猫が一歩踏み込むのを合図に、第3ラウンドが開始した。

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Fangs 加茂波奏人 @sizu_fangs37

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