羽山宗王⑤

『僕が飽きるまで、だ。 それまでにこの金華猫に傷をつけてみろ』


 西洋剣らしい、剣の重量に任せた足運びで接近してくる。

見るからに練達した両手剣使いの動作だった。


 入院着の男が剣を振るう、そんなミスマッチな光景に違和感を覚える。

が、これまで見てきた牙持ちは皆、大抵非凡な特徴のある者ばかりだった。


 普通かどうかは今更気にすることでもないのだ。


(そんなことを考えられる余裕が、これからあればいいけど)


 そよ風に流されているとも錯覚できるほど脱力した腕から、真一文字に振り抜いたのは金華猫だ。


 縦斬りに比べて横は後方に退くしか有効な回避方がない。

こちらが素手な以上間合いを開きたくないため、受け止めることにした。


 過去に弾丸を見切ったことのある加茂にしてみれば、いくら相手が腕の立つ剣士だとしても欠伸の出るほどのろまな剣筋に見えてしまう。


 刀身を掴んで停止させた、その時。


「なっ――――」


 掴んだ部分のみが軟化した。

剣の先端が遠心力で、加茂の手首に引っかかる。


 それはもちろん刃物であるから、加茂の反応の遅れた分だけ肌を浅く切り裂いた。


 咄嗟に飛び退いて難を逃れたが、結果的に不利な間合いへ追いやられてしまった。


(――――忘れていた! あれは剣の形をしてるだけで、性質や重量は自由なんだった……!)


 型にはめられない戦法には卜部さんと似た点がある。

違うところといえば相手方に明確な殺意がある点か。


 青竹の水を拭き取るように、金華猫が優しく刀身を撫でてやると、剣は元々の対象的な姿を取り戻した。


『親切心じゃないがな、僕の剣はさして拘りもない。 西洋の城の訓練場の、棚に粗雑に並べてあるだけのなまくらと遜色ない切れ味だ。 …………限界が来てるんじゃないのか?』


 確かに、普段の加茂の身体強化ならただの刃物程度では皮一枚傷つけることはできないのだ。

鳴家と同じく牙の探知能力を持っている「奇機怪械シリーズ」である金華猫からすれば、当然の推察だ。


 だが金華猫の指摘には誤りがあった。


 加茂は牙を発動するとき、いつも蒼い煙を口から放出する。

原理も代償も不明だが、この煙が出ている間は牙を使用中という意味に変わりはない。


 加茂の牙を見たものは誰しもがそう思うだろうし、実際事実だ。


 だからこそ加茂は、その先入観に付け込んで罠を張っておいた。


(俺の牙は"高度な"身体強化の向上と五感の先鋭化が出来る牙。 つまり一部分を硬化したり、事も出来る)


 このことには鳴家も気づいていなかった。


 つまり『わざと傷を受けて』相手の油断を誘ったのだ。


 剣が折れ曲がったことは完全に想定外だったが、その想定外を見てから考えて実行に移す程度に加茂は冷静だった。


「……あいにく、お前の為に来てるんじゃないんでな。 調子を合わせてやれるほど楽な道のりじゃなかった」

『ミナミの部下が足止めしたらしいな。 お陰で僕は目覚めることができた』


 そういえば、彼は美波律子の求めていた人物である羽山宗王なのだろうか?

去り際に美波が吐いた捨て台詞では、『賢くて優しく、そして強い』と言っていた。

だが金華猫の所作や言動を聞く限り、表に出てきた牙の人格は美波のそれとだいぶ的外れだと思う。


(……ともかく、格上に勝つために必要なのは『油断と作戦と仲間』だ)


 2つ揃った。

今なら十分、金華猫の虚を突くことができるはず。


「寝起きで悪いな。 この世界でお前を歓迎してるやつは……多分いない」

『フ、現代人のお墨付きか』


 金華猫が片手を掲げた。

栄養の足りていない、白くて細長い、弱々しい五指だが。

どんな力自慢より破壊力をもつ掌であることを加茂は知っていた。


『飽きた』


 咄嗟に横へ飛び込もうとした。

が、足が思うように動かない。


 見ると、足場である鳥カゴが変形して、足枷となって加茂の足を固定していた。


『あいにく。 僕はもともと用意周到だ』


 金の粒がゆっくり移動して収束する。

その気になればすぐに『あれ』を撃てるのに、いたぶっているのだ。


『お前の次は下の女だ。 その次は――――』


 天に掌を持ち上げた。

何を言いだすか、冷や汗かきながら伺って時間が経った。


「…………?」


 続くはずの台詞が続かない。

金華猫が見上げた天井に目を配る。


 上に撃つつもりなのか?

金華猫が開けた大穴にはもう何も残っていない。

辛うじて残った屋上の床も、特別狙うような的もないはずだ。


(いや…………考察は後回しでいい、今はとにかく……!)


 脱出が最優先!


 落ち着いて足元を見ると、黄金は靴の表面を覆っているだけだった。

靴を犠牲にすれば苦労せず抜けられる。


『…………誰だ? 二人、いるな。 お望みとあらば撃ってやろうか?』


 上に誰か居るのか?

加茂が知るところでは須藤癒乃以外はみんな下階で待機しているはずだ。


 ただ未だに場所が把握できていないのは…………。


(八重原・竜崎姉妹……!)


 彼女らはビルの防犯システムをダウンさせる為に制圧作戦には参加していなかった。

しかしこの作戦ももう大詰め、タイムリミットは一時間を切った辺りだ。


 役目を終えた彼女らが須藤癒乃の奪還に参加している可能性は十分にある。


(とすると、金華猫の異変にも合点がいく)


 八重原鈴音の懐中時計。

あれの能力で金華猫の波動砲が彼女に『優先』され、かざした手の標準が上方向へ向けられた。


(なら尚更、撃たせるわけにはいかねぇ!)


 靴を脱いで、そのまま残った出っ張りに足を引っ掛け、抜群のスタートダッシュを決める。


 するとこちらに向き直った金華猫が笑って叫んだ。


『この金華猫に死角はない! 貴様一人捻るのに、光線は必要ないのだッ!』


 きた。

手にした剣を力に任せて振り抜いた、予想通りの動き。


 加茂はその太刀筋を受け止めて、あえて先と同じ状況を作り出した。

剣は曲がり、加茂の腕に巻き付く。


 だが、傷はつかない。

身体強化の効力は、金華猫の指摘したよりも遥かに余裕をもっていた。


『なに…………!?』


 加茂は片腕を引いた。

唯一己の身を守る武器である黄金の剣を離したくはない、そんな心理状態を利用して、剣ごと金華猫の上体を引っ張ったのだ。


 すると丁度殴りやすい角度に、栄養不足で角ばった奴の顎先が突き出ている。

ここに渾身のアッパーカットを叩き込めば加茂の勝利。


 ――――だが、まだ詰めが甘い。


『――この金華猫に敗北は有り得んッ!』


 左手に黄金を、鉤爪のように纏わせて応戦したのは金華猫だ。

加茂のアッパーに遅れをとった分、長いリーチで間に合わせた。


 両者は直撃の刹那に相打ちを覚悟した。


 ――そうさせなかったのは、場にいたもう一人の加茂の味方だ。


 金属音が聞こえ、金華猫の片腕が上へ弾かれた。

いや、のだ。


 鳥カゴの下にいた音無楓、その牙が、この絶好のタイミングで援護に成功した。


 鳴家と話したあのときのように、音を飛ばして遠くに肉声や衝撃を届ける能力。

その力で、彼女は叫んだ。


「ブチかませぇ!!」


 一番力を入れたのは口元だ。

めいいっぱいに歯を食いしばって殴ると、牙の出力が高くなる。


 そんな加茂の渾身の一撃を、金華猫はまともに食らった。

骨の砕ける感触とともに、加茂は勝利を確信する。

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