羽山宗王③

「――――っ、中々、慣れないものね……!」


 中身が入れ替わった音無が、頭を抱えてしゃがみ込んだ。


 見た感じ体力は消耗していないようだから、単に気分が悪くなるのか?


「音無、いきなりで悪いがな、羽山宗王が来るぞ」

「金華猫でしょう?」

「聴いてた……いや聴こえてたのか」

「まあね――」


 美波律子が開いた防火壁の先は曲がり角だ。

金華猫が来るとしたら、かなり接近するまで視認が困難になる。


 実際、奴を確認したときには10mの間隔もなかった。


『あぁ〜〜…………』


 羽山宗王。

彼の姿は、病院で見るような入院着だ。

傍から見て、鳴家が恐れるような男に見えるほど覇気が感じられない。


『気分が悪い。 気分が悪いのか? 意図せず溜息が出るときは天気が悪い。 まだ空も見てないのに』


 加茂が最後に見た空模様は晴れだ。

防火壁の作動前に確認した。


『考えをすべて口に出せないのは不便だ。 ミナミが今日は晴れだと言っていた。 考えてから話すのか? 考えながら話すのか? 人それぞれか』


 金華猫は目前の加茂たちそっちのけで独り言に忙しい様子だ。


 いや、あれはあれで会話のつもりなのかもしれない。

何しろ金華猫とは性質上、世にでて宿主の五感を借りるのは初めてのことなのだ。


 例えるなら、生まれてからずっと植物状態だった人間が二十歳になって初めて目を覚ましたような状態なのだろう。

常人とは物の考え方が違う。


『あぁ、全部戻ってきたな』


 金華猫がそう呟くと、右手を上に掲げた。


 ――――そういえば、あの金華猫の牙が見当たらない。


はかりは一艘、影は水瓶。 本質は何だ? カモシュウイチ』

「あ……?」


 答えを待たずに、金華猫は告げた。


『達磨落としだ』


 天井に亀裂が走った。

元々大穴が空いてボロボロになっていたのだ。

亀裂程度は些細な現象に過ぎない。


 だが今のは、単なる天井の崩壊で済ませていい規模じゃない。


 天井が沈み込んだ。

上から押さえつけられたように、天井が中央から降りてきたのだ。


「上から何か落ちてくる……!?」


 少し前の鳴家の言葉が聴こえる。

――――金華猫の能力は牙の質量変化。


 上階にあるのは、あの金だ。


「――加茂っ、この部屋はもう持たない!」


 慌てて後退する音無をよそに、加茂は牙を作動させた。


 確かに今逃げれば余裕を持って避けられるだろう。

だが下には木戸さんをはじめとして、Fangsやリベリオンの面々がまだ待機しているのだ。

止められるのなら止めた方がいい。


『止める? 止まる? 一文字違うだけだがどっちでも意図は伝わるらしい。 どちらも無駄だという意味だ』


 鉄筋コンクリートの節やら電灯やらを巻き込んで、島がいくつか買えそうなほど巨大な金が降ってきた。


(イレブンの時と要領は一緒だ。 腰と手のひらに力を集中して、相手より大きな力で押し上げる!)


 両腕を上げて受け止めると腰への負担が大きい。

首を横に倒して、両手との3点で支えるのが最善だと判断し、受け止める。


 金塊に触れた瞬間、靴の形に床が沈んだ。


『ふはははッ! どんどん重くなっていくぞ!!』


 顎や膝、ありとあらゆる関節部がミシミシ音を立てて軋んだ。

くるぶし辺りまで床に沈んで、これもいつ限界が訪れるかわからない。


(――――ッ、落下の勢いは殺したが――――ここまでか…………!)


 牙の出力はとっくに最大だ。

これ以上重くなられたら、加茂の限界とともにこの13階の床が抜けてしまう。


「加茂っ!」


 背後から音無が叫んだ。

彼女の牙では、どうすることもできないだろう。


『この金華猫の牙に重量限度は存在しないッ! はたしていつまで持つかな…………テストしてや――――』


 加茂は確かに聞いた。

フル出力で牙を使用して、限界まで強化された聴力は確かに捉えた。


 セントラルビル前の襲撃で対峙した狙撃手、ファーストの射撃音に違いない。

それがたった今、金華猫の脳天を駆け抜けた。


 金華猫の華奢な体躯が崩れる。

牙の効力が消えて、金塊の超質量から開放された。


「ファースト…………やったか……!?」


 間違いなく、弾丸が頭部を貫き部屋の隅に転がった瞬間まではっきり視えた。

常人なら即死のはずだ。


『あぁ〜…………! 何人いるんだよ鬱陶しい』


 だが金華猫は、頭部から色々なものを吹き出しながら、忌々しそうに悪態をついただけだ。


 床についた脳髄は黄金色で、口元から滴る血液は金華猫を離れるそばから金化していく。


『でもそれがいい、歓迎されてない世界に向ける情もない。 金華猫の世界に腹心は必要ない』


 やがて頭部から蝋燭のようにドロドロと、黄金に変わっては床に染み込んでいく。

最後にできた水溜りに、金華猫の口らしきものが残った。


『量は一座、影は光線。 この金華猫に距離は無い』


 天が吼えた。

シクスの転移能力による空気の膨張圧縮と同じ、牙による自然副反応。


 音とは違う空気の振動が、セントラルビルを包んでいる。


『天上天下の鹿島立ち! とくとその目に焼き付けろッ!』


 波動砲だ。

アニメや漫画でロボットとか戦艦とかが打っているビーム。


 金色のそれが壁を突き抜け、ファーストの居たビルへ向けて放たれた。


 加茂と音無はただ、衝撃で発生した暴風に逆らって直立するのに精一杯だった。

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