羽山宗王②

『あれはもう攻撃してこない。 初撃を外した時点で奴は、確実に私達を殺すためにここへやってくる。 あれはそういう性格をしてる』


 鳴家はしみじみと牙を撫ぜながら語った。


「その、金華猫…………ってのは要するにお前と同じで意思があるんだろ? 会話が通じるなら説得だってできるんじゃないか?」

『無理』


 短いが、確かな口調で断言した。


『自惚れた牙ほど身近な人間を下に見る。 生まれながらに人に使われることを嫌う。 意志を持つ牙は人と同等の処理能力を持つ頭脳を牙に落とし込むことで性能を高める牙の次世代機だったが、金華猫はそういった性格が完全に裏目に出た』


 桜――――牙を作った発明家が奇機怪械シリーズの制作にあたって、一通りの感情パターンに傾向をもたせた試作機を作成したらしい。


『私は放任主義で堕落的。 本人が死にかけでもしない限り、決して表には出ない性格。 ……と言ってもこの説明をするときは表に出ないといけないから、説得力に欠けるけど』


 その点、金華猫の性格というのはなかなか攻撃的らしく、鳴家曰く『革命主義で悪虐的』。


『革命主義、というのは主従の解消ではなく逆転を望む意志の事だ。 やつの牙を手にした人間は、やつの絶大な能力を行使できる代わりに「呪い」を受ける』

「呪い?」

『えぇ。 さっき扉の話をしたけど、金華猫は牙を使うたび、自身の力の一部を持ち主にぶつける。 一回一回は些細なダメージでも、年を越しても継続するそれはいずれ持ち主の生命力を削っていく。 すると扉はどうなる?』

「開いていくだろうな」

『そう。 本来ならば何も問題はなく、牙と持ち主の入れ替えが完遂できるはずだった』


 だった。

その言い分からして、先程の『失敗作』という言葉が関係してくるのだろうか。


『そこで問題なのが桜の誤算である八百六十四番の不具合。 これは桜が金華猫の容量を見誤った事で起きた現象で、簡単に言えば「金華猫の力が大きすぎて扉をくぐれない」ってところ。 持ち主がどんな状態だろうが金華猫は場に出れない。 すると完成するのは金華猫のデメリットで死にかけになった持ち主ってわけ』


 つまり金華猫の持ち主が羽山宗王で、その能力で自身の身に前述のデメリットが降りかかった。

側近の美波律子は金華猫の現象を治すことのできる牙を持つ須藤癒乃を探し出し、ここまで連れてきた。

羽山教……いや、羽山宗王と美波律子の狙いはこれだろう。


 対してトエルブ率いるリベリオンは、羽山教への反感を募らせた幹部連中の集まりで、狙いは羽山教の転覆だ。


 そして俺たちFangsは須藤癒乃の奪還、そして美波律子、羽山宗王を牙対に引き渡すことが目的。


「…………で、その肝心の能力ってのはなんだ?」

『それに関しては少し複雑になっている。 金華猫の異能は「自身の操る一定量の金を自在な質量に変化させる」能力だったが、須藤癒乃の牙で修復された後はその性質を変える』


 金華猫単体では牙が表に出てくるには容量が足りないのだが、それを補完するのが須藤癒乃の牙、万能の修理道具だそうだ。

この場合の修復というのは、金華猫を表に出すための『扉』を拡張し、性能を余すことなく引き出すことを指す。


『牙を2つ合わせて、容量を増やすんだ。 同化させれば、その分牙のスケールは大きくなって、扉も広くなる。 須藤癒乃の修復能力は強力だけど、治すのは羽山宗王の肉体じゃなくて金華猫の不具合というわけだ』


 …………じゃあ、今上階にいるのは金華猫なのか?

須藤癒乃はどうなった?


 心中の疑問は、意図せず口から出ていた。


『上にいるのは間違い無く金華猫だ。 美波律子は気づいていないようだったけど。 須藤癒乃は…………彼女と知り合いなのであれば、覚悟はしておいた方がいい』


 金華猫の牙は、逃げ帰るようにそそくさと、主の元に戻っていった。

美波律子が通ったときに開けた防火壁のルートを通っていったから、きっと階段の近くに奴は居るはずだ。


『加茂修一、私はさっきので音のストックを使い果たして役に立てない。 いいかい? 私はどこまで行っても牙でしかない。 宿主が死ねば私も消える。 君が私の代わりに音無楓を守るんだ』

「…………」


 返事は必要なかった。

口元の蒼い煙があれば、それだけで肯定の意思は容易く伝わる。


 金華猫は目前だった。

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