羽山宗王
加茂の聴覚は常人のそれより、遥かに研ぎ澄まされている。
音無の心音や、防火壁を挟んだトエルブ等の声も聞こえる。
今最も分かりやすく大きいのは上階の衝撃音で、思わず耳を塞ぎたくなるような騒音だ。
巨大な物質を叩きつける、例えるならハンマーのような衝撃に似ている。
床に穴を開けるつもりなのか?
「美波律子が通った道があんのに……階段から降りるって発想はないのかよ?」
「このままだと瓦礫に埋められる、場所を移したほうが良い…………」
音無の視線が天井に釘付けになった。
加茂も見上げると、そこには金色の粘体がへばりついていた。
スライムのような……というより、それ自体は柔らかではあるが重力に逆らう程度のエネルギーは持ち合わせており、元々そこにあったのではなく、どうやら天井の穴から入ってきたらしい。
「何だ……?」
それは音を立てずに壁を這った。
右に行ったり左に行ったり、生き物とは違う性質を感じられる。
バッグの中をまさぐる腕のような、目的の不明瞭さがあった。
「――――牙、としか言いようがない…………」
とにかく今は、相手にせずに上へ登らなければならない。
「急ごう。 音無――――」
金色の粘体に動揺したのも、作戦のタイムリミットに焦っていたのも原因だ。
一瞬視線を外したその時、それの急激な変化に反応が遅れた。
部屋の角から加茂に向かって、引っ張られるように一部分が伸びた。
変化はそれだけに留まらず、伸びた先から小口径の弾丸ほどの雫が抽出、発射された。
この一連の流れを認識したときには、もう牙を発動して躱す余裕もなかった。
(なっ……! 間に合わねえ…………!)
咄嗟に防御の姿勢をとったが、牙を持ってから不要となった受けの構えに慣れず、中途半端に視界を塞ぐ形で両腕を掲げてしまう。
誰の目から見ても明らかなミスだった。
(…………あぁ、クソ…………っ!)
雫は加茂の右腕部から右上に逸れた。
雫がぶつかるより前に、音無が加茂へぶつかった為だ。
「――――音無!」
重ね重ね軽率な言動行動だが訂正する。
加茂を押し倒した人物は音無ではなかった。
『――――最悪の事態だ。 加茂修一』
身長に顔つき、どれもが音無とは違う。
唯一聞き覚えのある声だけが、彼女を鳴家と決定付ける証拠だったからだ。
「あぶね…………助かった」
雫の通った場所は煙を上げて、小さな穴ができていた。
高温ではなく、酸のような性質を持っているようだった。
少なくとも天井の本体にそのような現象は見られていないに関わらず、だ。
「咄嗟に交代できるもんなのか? それ…………」
加茂が聞くと、鳴家は首を横に振った。
『例え話だけど、肉体の所有者を交代するには「控え」の人物が外部へ続く扉を開ける必要がある。 その扉は大きく重く、開通は用意ではない。 だけど私は「音無楓の生命力の低下」に伴い、牙として宿主の防衛本能を利用して扉を開いた。 そしてその扉が閉じるまでは何度でも通行できる』
「…………よくわかんねーけど、大丈夫そうなら良かった」
瓦礫の残骸の粉を払って立ち上がり、再度あの粘体を見上げると、相変わらず隅の方で奇怪な動きを続けていた。
「最悪の事態ってことは、やっぱり間違いないのか」
『そう。 あれこそが八百六十四番1作目壱号機、牙の中でも特質な意志を持つ牙――――「奇機怪械」シリーズの問題児とも言える最悪の牙、…………金華猫だ』
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