美波律子⑩
鳴家の攻撃は――――加茂は見ていなかったが、それはもう大きな爆音もとい振動だったそうだ。
音は空気の振動、これは常識だが、実際音が衝撃に変わるその時を体験するとまた一段認識が違ってくる。
音というのは現象ではなく、立派な武力なのだ。
音量を上げればそれは兵器となり、指向性をもたせればそれは武器となる。
そういった一通りの認識を改めさせるほど、鳴家の牙が与えた影響は大きかった。
「相打ち…………いや、音無に戻ったのか?」
結果だけ説明すると、部屋の中央あたりで美波律子が、その少し離れた場所に音無が倒れていた。
ぱっと見で判断して憶測を口にしたが、詳しく状況を確認すると気になる点がいくつかある。
「シクス、トエルブと合流して、状況を説明しに行ってくれ。 それが終わったら、トエルブをここに呼んでほしい」
見た感じ、美波律子は気を失っているだけだ。
鳴家もそれなりに手加減してくれたと言うことか。
「頼んだぞ」
瞬間移動とは便利なものだが、それは所謂ところ移動のエキスパートということで、圧倒的な汎用性の割にやることが地味だ。
シクスが居なくなるまでそんなことを考えた。
「…………さて、刺し傷が無くなってんのも不思議だが……鼓動も息遣いも聞こえてて、それで起き上がってこないってのはもっと不思議だ」
衝撃で電灯が消えた薄暗い室内を、蒼い牙の光が淡く照らしていた。
「別に、隠れてたつもりはないんだけどね…………タイミングを伺ってただけ。 ほら……私……結局何もやってないわけだし」
「何かと思ったらそんなことかよ」
「私にとっては一大事なの。 昔からFangsの腕力担当みたいなところあったのに」
「俺の鑑識眼から言えば、あそこで1番強いのは卜部さんだ。 まぁ、爆発力で言えばお前が一番だけど…………」
ともかく、音無が無事だったのは幸運だ。
鳴家が言った、「須藤癒乃の牙で直せる牙」を羽山宗王が所持しているとしたら、この次の戦いはさらに激化するに違いない。
(鳴家のやつ…………能力を説明する前に消えやがって……)
羽山宗王の牙が未知数なのもそうだが、謎といえば鳴家もそうだ。
牙に意思がある。
そんなことは初耳だ。
木戸さんに話したらどんな反応をするだろうか。
「美波律子。 倒したのか」
トエルブが背後に立っていた。
頭半分抜け出た長身の図体が得も言われぬ圧迫感を生み出して、牙を使わずとも気づけた。
「何とかな。 どれが牙がわかるか?」
「その鍵、それだ。 ナイフも取り上げておけ」
簡単な拘束具があればよかったのだがそれもないので、美波律子の逃走については加茂の監視で賄うことにした。
「気絶とは……少し違うな。 意識はないが、すぐに良くなる、放心状態と言ったほうがいいか」
目立った外傷もなく、意識だけを刈り取って戦闘不能にした、対人制圧の理想形だとトエルブはさらに補足した。
「以前の事務所の騒動を見るに加茂修一、お前ではないな…………音無楓、君がやったのか?」
音無はバツが悪そうに、腕を腰に置いて加茂を見た。
「まぁ…………なんだ、色々あったんだよ」
事の経緯を説明すると、トエルブは驚いたような、納得したような表情をして、こう呟いた。
「『意志を持った牙』か…………存在は信じるが、そいつが味方をしたとは到底信じられない」
心当たりのあるかのような言動に加茂は言及しようとしたが、美波律子が起きたことで会話は中断された。
「――――、トエルブ」
「寝覚めにしては意識がはっきりしている。 鳴家とやらは仕事ができるな。 ――――あぁ、おはよう、羽山宗王の秘書」
首元の牙が無いのを確認した時点で、美波律子から抵抗の意思は消えていた。
牙は本人の意志を以て能力を発動し、その強弱で出力を調整する。
牙の有無とはとどのつまり、意志力の有無なのである。
「早速で悪いがな、私達は今すぐ最上階に急がねばならん。 あと三十分もすれば出払っている信者たちが皆戻ってくるからな。 聞きたいのは一つ、羽山宗王の能力だ」
総意だった。
牙には能力に相性というものはあれど、牙を持つ者と持たない物では雲泥の差がある。
鳴家の言葉もそうだが、何より羽山教という組織をここまで大成させた張本人が、持っていないはずがない。
「――――誰が、貴方達なんかに…………」
美波は、最初こそ黙秘を貫き通す姿勢を崩さなかったが、ある事をきっかけに態度が急変した。
それは、最上階から落雷のような轟音と振動、衝撃が轟いたのが始まりだった。
「何だ……? 何の音だ?」
「羽山宗王……だとすると…………」
音無の台詞を遮って、美波が嘲るように笑った。
「あの人は誰より賢い。 そして優しくて、誰より強い。 ――――貴方達なんかじゃ歯が立たないでしょうね!」
軽い地震が起こった後のような、漠然とした不安。
棚が倒れてこないだろうか?
もし今のが余震だとして、本震が起きた時どこへ避難すればよいだろうか。
セントラルビルの上階はゆらりゆらりと震え、やがて足元に確かな重力が戻った。
「――――トエルブ」
「分かっている」
トエルブは携帯を振って見せて、少しすると美波律子と一緒に消えた。
羽山宗王と戦闘になっても、彼等を守りきる自信が、加茂等にないためだ。
「音無、まだ音のストックはあるんだろ?」
「まあそれなりにね」
「じゃあ、最後の一仕事だ。 頑張れよ」
「言われなくたって挽回してみせる」
振動が近づいた。
衝撃の度合からして、床を破壊しながらこちらに近づいているらしい。
「1……2…………3戦目? 牙が持ってくれればいいんだが…………やれるだけやってみるか」
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