美波律子③

「ふむ…………どうだ加茂修一、壊せそうか?」トエルブが腕を組んで尋ねる。


「無理だ。 イレブンの時とさっきの男……お前らは知らないだろうけどもう2回は牙を使ってる。 それも全力に近い出力でだ。 だんだん力が落ちてきてる」


 少し時間を置かなきゃならない。

目前の壁、おそらく火災用の防火壁に拳をあてて、加茂が呟いた。


「ノーリスクで超破壊力を生む牙は君くらいしか居ないのだがな……となると、シクスの転移能力に頼るしかないか」


 同様の高さに限り人物の瞬間移動を可能にする牙、この能力には作戦開始から世話になりっぱなしだ。


「この様子だと、下も防火壁が作動しているようだし増援は望めないようだ。 私とシクスが間に合って良かったな、でなければ――――」


 セブンスが死んでいた。

もっともこのまま放置で生存できるほど浅傷でもないが。


「卜部美奈は藤芝康平の手当のために離脱した。 エイスとテンスは……一足遅かったらしい。 木戸孝允も同じくな。 ――――あ、私を戦力に数えるなよ。 歩くのが精一杯だからな」

「じゃあなんで来たのよ……」

「シクスだけ向かわせるわけにもいかないだろう。 またはぐれるのはゴメンだ」


 となると実質的な戦力としてはシクスが加わっただけ……。

その転移能力も防火壁によって安全とは言い難い。

迂闊に移動すれば待ち伏せに合うかもしれない。


「ここはもう、美波律子は無視して階段まで転移するべきか。 …………いや、羽山宗王のことを考えると置いておけない。 ひとエリアずつ、しらみつぶしに探すしかあるまいか」


 ――ガシャン!

少し遠くの方から音がした。


 聞き覚えがあるのは、ガレージのシャッターを開ける音。

あれに似ている。


 音無に目配せをすると、気だるそうに答えた。


「防火壁が閉まる音と対の音響、つまり――――」


 防火壁を"開ける"音。


 しかも驚異的なスピードでこちらに近づいている。


「美波律子!? 一体どうやって移動しているのだ…………」


 確かめようにも、能力を見たであろうセブンスはもう話せる状態にはない。

直接接敵して確かめるしかないだろう。


「……トエルブ! セブンスを背負って後ろに下がってろ!」


 考える暇もなく、眼前の防火壁がいともたやすく開かれた。

向こうに立つ女性の体制は直立不動。

防火壁に触れずして、あの鉄壁を持ち上げてみせたのだ。


「…………貴方は、Fangsの――――なるほど、そういう…………」


 この街で生きていれば、美波律子の顔は嫌でも覚える。

羽山宗王の秘書にして、事実上の羽山教トップ。

それが目の前の彼女だ。


「邪魔です。 用があるのは後ろの"元"幹部達だけ……貴方がたは消えてください」

「中々言うじゃない、たった一人で乗り込んできておいて」

「乗り込む……? ここは私のセントラルビル、侵入者はそちらの方です」


 美波律子の手にはナイフが握られていた。


「いつもいつも……あと少しのところで邪魔が入る…………羽山教の設立当初から、Fangsはずっと目障りなんです。 ――あぁ、そもそもあの女が……」


 明らかにセブンスを刺した後だとわかる返り血。

他の幹部のようには行かない、という証だ。


「……何やったんだよお前」


 独り言に夢中な美波を余所に、加茂は音無へ囁いた。


「2年前、美奈と加々峰がそれなりにね…………出る杭を打つどころか燃やして灰にするレベルで、当時の羽山教を潰しにかかった」

「へぇ……初耳だな」

「昔は結構、牙に物言わせてたみたいよ? 美奈が一人の頃は特にね」

「…………お前たち、少しは緊張感を持て。 美波律子が来るぞ」


 加茂の目に映る限り、牙と推測できる美波の所持品はいくつかある。

セブンスを刺したナイフ、左耳にかけているインカム、後はズボンの右ポケットが怪しい。


「それじゃあ、ひとつやってやりますか」

「やけに乗り気ね…………牙の副作用ってやつ?」

「そんなところだ。 最初のうちは涙が止まらなかったんだが…………今はなんともないどころか調子が上がってくる。 要するにベスト・コンディションだ」

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