美波律子②

『――――『開け』!』


 美波の宣言に呼応し、直ぐ側の棚にあるファイル類が一斉に


 美波の牙、それは『開く』ことに特化した牙。

扉を開く鍵の性質を飛び越えて、本や窓に、時には概念的な存在すら開くことができる。


 美波が開いたものは資料室の本懐とも言える書類の山。

牙の絶対命令に容量をパンクさせたメタルラックは、幾段に積み重なった書冊の弾丸を発射した。


「……っ、なるほど……」


 セブンスがそのうちの一つを袈裟に斬り伏せると、刀身から滲み出た毒液が飛び散った。

あれが仮に一滴でも体内に入れば、まともに動くことすらままならなくなる。

殺意を持った剣士相手に足を止めることは、つまり死だ。


「『開け』っ!」


 次に美波が開いたものは、資料室天井部の通気口。

その動きに連動し、奥に設置されたスモークマシンの電源が入る仕組みになっている。

予め、侵入者を想定して設置した罠の一つだ。


 本を開いて作った隙に、美波が棚の裏に回り込んだ頃にはあたり一面白色に包まれる状態である。


「…………『開け』」


 ――――手のひらサイズのフォールディング折りたたみ式ナイフ。


 今ある武器はこれと――――もう1つ。

限定的だが殺傷能力は申し分ない兵器がある。

使わないに越したことはないが。


「セブンス!」美波が叫んだ。


「この煙は可燃性のガスと煙幕の2つが混ざったもの! 私が火をつけたり、貴方が下手に刀を振って金属にぶつかれば資料もろとも木っ端微塵です!」


 可燃性ガスはハッタリだ。

いつ爆発するか不安定なものが罠に起用できるわけがない。

ここが資料室なら尚更だ。


 恐らくセブンスも、それは理解しているはず。

だがもし爆発すれば資料は失われ、作戦は失敗に終わる。

万に一つでも、無視はできない可能性だ。


「美波、律子…………」


 彼女の能力は、様々な分野で応用が利く。

開けと言えば何でも開く鍵の牙、『視界を開く』と宣言すれば、立ち込める白煙の中でもセブンスの姿を確認することが可能だ。


 棚を回り込んで背後を取り、ナイフに力を込め突き出す。

セブンスは右手で刀を持っているから、間違っても当たらないように左側面を狙う。


 ナイフを杭、片手をハンマーに見立て、刃をなるべく食い込ませるべく効率的に。

腕力のない自分でも殺せるように――――っ!


 ――――ナイフは確かに、セブンスを捉えた。


「『開け』ッ!!!」


 美波律子の牙は、あくまで常識的な範囲までしか開くことができない。

例えば本を開くとき、180°までは開けるが表紙と裏表紙がくっつくまで折り曲げることは不可能だ。


 これは人間にも同じことが言えて、人体を破壊するような命令は無理になっている。


 ――――しかし、一度傷口を作ってしまえば話は違う。

傷口を『開け』ば、二度と美波の前で出血が止まることはない。


 勝った。

ナイフから手首へ、鮮血が流れ落ちる感覚を受け取り、美波律子は勝利を確信した。


(これで終わりっ…………!)


 体重をかけてあとひと押し、内蔵を刺すその時だった。


 ――――直ぐ側に居たはずの、セブンスの姿が消えた。


 この濃霧の中であっても、隣に立っている人物の陰くらいは認識できる。

そのうえ煙が発生してから間もなく美波は攻勢に出たのだ。


 刺したのは間違いなくセブンス…………ならばなぜ消えた……?


「――――シクス……!」


 アイツの仕業に違いない。

同じX軸でしか使えないはずだが、ここまで登ってきたということか。


(そうなると双國のやつも負けたらしい。 …………ここで逃がすわけにはいかないか)


 美波は資料室の一角、一冊の本を手に取った。

他とは変わらない装丁のフォルダーだが、いっぱいの書類の中身がくり抜かれており、隠し収納になっている。

そこには黒のインカムがひとつ、収まっていた。


「…………『開け』!!!」


 通信機のもう一方は執務室の天井裏にある。

インカムを通じてその通信機から牙を使用し、美波が開いたものは。


 開くと閉じて、閉じると開くもの。


 ――――このビル全階の、防火壁だ。


「逃がすと思うなよセブンス…………」

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