サーティーン⑦
「音無! どうなってんだこいつ!」
遠い背後から、遅れて現れた音無に、加茂は問いただした。
牙の使用中は声量にも影響を及ぼし、拡声器要らずの爆声である。
「――――生き返ってるぞ!」
加茂渾身の一撃は、確かに男の顎と首の骨を折った。
本気で殴ったはずだが、やはり心のどこかで良心が僅かながらに働いたらしく、殺すのは勿論、気絶させるにも至らなかった。
これではかえって、いたずらに男を苦しめるだけだと反省していたその時、あり得ない現象が起こったのだ。
下手くその操り人形みたいな動きで男が立ち上がった。
明後日の方向を向いた頭部を掴み、乾いた音を立てて元通りに捻じ曲げ、鼻をつまんで骨格を歪めた。
音無が到着する頃には、全く加茂が殴る前の顔に元通りである。
「あれは――――一日一回、自分の『死』を無効化できる。 私の母の牙」
「お前の家族どうなってんだよ!」
「私に聞かないでよ…………」
とはいえ、復活はこれっきりの特別権限。
音無も合流したことだし、もう一回ぶっ飛ばせばそれで終わりだ。
決して事態が悪化したわけではない。
「あ〜、いてて……痛みが消えるわけじゃないんですから、もう少し御手柔らかに……」
男の口元から蒼い煙が現れた。
ニヤリと笑った口角から、くすぶるような、牙の使用現象。
「まさか! 俺の牙か……!」
一際大きな煙塊が排出され、爆発的な加速度で突進。
加茂の観察眼をもってして、その腹部への打撃を見切ることは叶わなかった。
「――――ッ、速い!」
加茂の牙は身体能力全体の向上。
両者が同じ出力で使用して、一方が一方の攻撃を見切れないとなると、単純な話で自力が違う。
大きく振り抜けた拳は加茂の咄嗟の防御を容易く貫通し、壁まで跳ね飛ばした。
「――は、こりゃいいね。 柔道、やってたのが馬鹿らしくなってくる」
上体を低くして前のめりに、いつでもスタートが決められるように。
柔道というより、レスリングのような構えだ。
「よし、次は君だ。 どんな相手でも油断しないよう、美波さんとの約束だからね、悪いけど殺す気でかかるよ」
「…………? 今の、私に言ったの?」
未だその不遜な態度を崩さず、仁王立ちをかます音無に、加茂は呆れながら壁から脱出した。
彼女の予想外の言動に男は目を丸くして、しかし調子を崩すことはなく、蒼い煙を一層多く吐き出した。
「……あぁ。 そうだとも――――ッ!」
――右、前、左。
床に3つのへこみ、つまり一度の加速と二度のターンを経て、男は音無の背後に回り込む。
加茂を殴ったときと同じく、力まかせ、速さまかせの大ぶりだ。
対する彼女、音無は――――振り返ることなく、最小限の首の動きだけで避けてみせた。
「あたしはてっきり、あの秘書の隠し玉か何かだと警戒してたんだけど……ぽっと出の補給戦力って認識で合ってるみたいね」
「何…………!?」
男は他にも様々な格闘技術の入り混じった、複合技術の連続攻撃を仕掛ける。
だが、音無にはかすりもしない。
彼女はあくまで常人のそれと同等の速度でしか動いていないに関わらず、まるで未来予知のような洗練された動作で回避を可能としている。
「っ、ならば!」
男は両の手をつないで振り上げた。
瞬時に床を壊す気だと察知した音無は、牙の握られた右手に力を込める。
「これで終わりだッ!」
――振り下ろされた腕は、男と音無の間であるものにぶつかって止まった。
加茂修一の片腕である。
「――
「な……同じ牙だぞ……!?」
話を聞いていない男に構わず、加茂は続けた。
「牙で一番大事なのはな…………」
この日もっとも、イレブンとの戦いでも出なかった豪煙が噴出する。
普段、物や人を壊さないように出力をセーブしているのだが、そうするといざの時に100%本気が出ない場合がある。
だが今の相手は、いわば俺自身だ。
同じ牙を使って、その耐久力はよく知っている。
――――このくらいじゃ、くたばらないだろ?
「経験値だ馬鹿野郎!」
全力の右アッパーは男のみぞおちに沈み込み、上半身を天井に突き刺すまでの威力を生んだ。
正真正銘フルパワー。
力の限りを尽くした加茂は、初めてホームランを打った少年のように清々しい面持ちで、男を見上げた。
「全力で殴ると、手が痛いな。 もう辞めとこう」
「……もうちょっとマシな感想言ったら?」
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