サーティーン⑥

「…………うん。 わかった」

「わかったって、何がだ?」

「全部」


 そう言うと、音無は踵を返して階段を下り始める。

加茂は慌てて後を追いかけ、隣に並んだ。


「いや、全部じゃ俺がわかんねぇだろ」

「全部ったら全部よ。 牙を持ってる奴の居場所と正体」

「…………今のどのへんに理解する要素があったんだよ」

「音」

「音?」


 さっき壁を殴った時に音はしたが、あれで何がわかるというのだ。


「音の反射、反響定位って言うんだけど。 あれ使って、大体の部屋の構造とか、どこに人がいるかが分かるの」

「あー、イルカみたいなもんか」

「…………とにかく、私の牙は『音』に関する牙。 今説明できるのはそれだけ」


 果てしなく続く11階を2回下って、恐らく最初の11階へ到着した。

行きで音無が見逃した階数表示、その隣に両開きの大扉がある。


「突き当りの右奥、廊下に男が一人でいる」

「……俺に倒せと?」

「死なない程度に。 ね」


 音無が重い鉄扉の片側を軽々しく殴り飛ばした。

中央にクレーターの出来上がったそれが、廊下の突き当りの壁にぶつかるより速く、加茂が爆速の一歩目を踏み出していた。


 曲がり角で止まらない勢いを、超人的な踏み込みで足を床にめり込ませ、90度の方向転換に成功する。

と同時に、猛禽類のそれと比類する視力が、倒すべき目標の姿を捉えた。


(……あいつか!)


 撃破ではなく拘束のため、スピードを徐々に落としながら、今更目が合った男へ飛び込んだ。


「うぉ……ちょっ……待った!」


 男が叫ぶと、加茂は前傾の姿勢を無理やり持ち上げて急ブレーキをかける。


 決して男の言葉に従ったわけではない。


 男が手に持っている、2本のナイフ。

見覚えのある形状、大きさ。

Fangsの仲間である加々峰峯也の牙に違いなかった。


「なんでお前がその牙を持ってんだよ」

「……これ? いや、僕もちょっと、まだ使い方が分かってなくてね。 試し斬り、してないから」


 いや、おかしい。

加々峰はそもそもこのビルに居るはずがないのだ。


 それに、音無は「牙を持ってる奴」の居場所を探知してここまで来た。

11階を増やした音無の父親はどこにいる?

8階の罠を置いた牙持ちは?


「…………めんっどくせぇな」


 牙を高出力で使ったときの悪い癖だ。

強くあれと願うほど、得た力に比例して、加茂の中から謙虚さが失われていく。


 なくなった空間を満たすのは、余裕だ。


「仕組みはよく分かんねぇけど、他人の牙が使えるらしいな」

「え? えぇ、どうやらそうみたいでね。 僕に牙の良し悪しは測れないけど、君や美波さんの反応からすると中々どうして特殊なもののようだ」

「音無の兄貴と親父だったか? 人の記憶から牙を再現する能力」

「やけに、詳しいな……僕と美波さんしか知らないはずなのに……牙の専門なだけあるね」


 男が首を振って視線をそらした瞬間、すかさず加茂は逆サイドにアクセルをかける。

男は遅れて加茂の動きを眼球で追うが、一度行った動作を中断し反対方向に力をかければ、必ずそこに隙が生まれる。


 右を向いてから、左を向くだけ。

ほんの一瞬。


 コンマのもう1つ先、それだけあれば。

加茂には十分すぎる好機チャンスだった。


(卜部さんには申し訳ないけどっ!)


 この男は可能性の塊だ。

相手が経験豊富であるほど、こいつはそれを利用する。

 従って、ビルの中で一番出会わせちゃいけないのは卜部さんと木戸さんの2人。

シクスの転移能力で逃げられる前に……!


「殺す気でぶん殴るっ!」


 トレーニングで、onAirの地下のサンドバッグを殴った事がある。

出力最大、正真正銘本気である。


 牙の威力に耐えられるよう、砂を使って重量を増した、木戸こだわりのトレーニング器具だ。


「――待っ」


 あのときは本当、後片付けが大変だった。

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