サーティーン⑤
「一体全体、どーなってんだよこのビルは……」
加茂達は8階へ到達し、螺旋階段を上がり始めた。
これほど大きな規模は初めてだが、これが究極に不便なのだ。
勾配は低いし、何より景色が変わらないから、自分が今どの階にいるか把握がしづらい。
先に登った木戸がキレてないか心配になる。
「今どこを歩いてるの? もう結構登った気がするんだけど」
「11階だ。 さっき壁に書いてあったろ」
加茂が答えると、音無は驚いた顔をして振り返った。
「嘘、そんなのあった?」
「ちょっと見づらかったけどな」
「……見づらかったら意味ないでしょ」
今からおよそ15段下に、壁とは材質の違う木材で表示されていた。
一見では判断し難く、指でなぞってなんとか違いを認識できる程度の凹凸だ。
この不便な螺旋階段に意匠と呼べるものがあるなら、それは純粋な悪意だけだ。
これを作ったやつは単純に性格が悪い。
「そういえば、罠が出てこなくなったな」
「効果範囲から抜け出したのか……無駄だとわかって諦めたか……どっちにしろ、謎が解けそうにはないみたいね」
「その、お前が見たことのある牙はどんなやつだったんだ?」
死んだと言われる罠の牙使い。
少しでも情報が得られれば、それだけ対策も容易だと考えた。
「――――あの牙は手で持てる大きさのアンテナみたいな形をしてた。 そこを中心に一定距離の生物を探知して、周囲に罠を生成する。 ただし、アンテナから横方向にしか探知しなくて、なんの罠が出るかは全15種類からランダム」
「やけに詳しいな」
「ええ。 私の兄の牙だもの」
加茂の脳が5秒ほど硬直した後、光ほど早く回転して、音無をできる限り刺激しない言葉を考え始める。
まずい、不用意に質問しすぎた。
罠にかからないための質問のはずが、目に見えない一番の地雷を踏み抜いてしまったではないか。
「……リアクションに困るな」
「いいの。 死んでほしくなかったとは思ってるけど、今更生き返ってほしいとか、未練はまったくない。 妹にそう思われるくらいには、相応に駄目なやつだったから」
「…………」
なんとか話を変えようと、加茂は壁に目を凝らす。
今までの間隔なら、そろそろ件の階数表示が現れる頃だ。
「――――ほ、ほら。 あっただろ? 11階。 な?」
「ほんと。 言われなきゃとてもじゃないけど気づけないわね」
「牙のおかげで、なんか視力が良いんだよな。 こっから見下ろして10階の表示だって見える……ぞ……?」
……11階?
確かさっき見たのも11階のはず。
(いやまてよ、さっきのと今の、どちらも『これから11階』という意味合いに捉えられる)
上る側下る側共に、11階の両端は入り口になる。
一応、勘違いかもしれないので、音無に話す前にもう一階上ってみることにする。
またしばらく階段を上って、本来13階のはずの表示を、先を行く音無に聞いた。
「音無。 そこ、何階って書いてある」
「……11、11? えぇ、11階。 ……あれ、アンタさっき、何階っていった?」
「11階だ」
3度目の11階。
ここまでくると、設計者の悪意より牙の能力を疑ったほうがいいだろうか。
「どうなってる……上がるたびに戻されてるのか?」
「いえ、違う。 空間を分裂して圧縮してるだけ。 前の11階と今の11階は同じようで少し違う空間が連なってるようなものよ」
「何? ……まさか、またなのか」
兄の牙と同じように、これも音無の知り合いの牙なのか。
「私の、父の牙よ」
「というと……その、父親も?」
「残念だけど、こっちは生きてるわ。 京都の実家でピンピンしてるはず」
「へぇ。 お前、京都出身なのか」
「……どうでもいいでしょそんなこと。 今はとにかく、この牙をどうにかしないと先に進めないんだから」
とは言っても、空間を圧縮?なんて聞いたこともない。
闇雲に走り回って抜け出せるものでもないだろうし、なにか攻略法があるのか?
「簡単な話、空間……この場合ビルの11階を増やして並べてるわけ」
「圧縮ってことはつまり、元の体積はそのままなわけか」
「そ。 外から見てセントラルビルの高さに変化はない。 だけど中には確かに、11階が途方も無い数詰まってる」
うーん。
難しいが、そういうものなのだろう。
「だけど、この牙には無視できない、大きなデメリットがあるの」
「なんとなく分かるな」
「分裂させた空間の中に、自分も居なきゃならない。 当然と言えば当然ね」
でないと、相手だけを特定の空間に閉じ込めることができてしまう。
牙はあくまで、人間の作ったものだ。
あくまで牙同士の強さは考えて作られているらしい。
「てことは、なんだ? この空間のどこかにいる持ち主を探し出して、能力を解除させればいいわけか」
「それでいければ簡単なんだけど…………やれるだけやってみましょ」
黒いメリケンサック。
加茂が蒼い牙を拾ったあの日に見た、音無の牙だ。
彼女はそれを装着すると、壁に一つ、大きな音を打ち鳴らした。
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