サーティーン④

「びっくりした……」


 螺旋階段へと続く道、その終着点の8階で、加茂は呟いた。


 扉を開けた途端にカチリという金具の音が聞こえたと思ったら、直ぐ側で爆発が起こったのだ。

牙がなければ、とても無事ではいられなかっただろう。


「あんたを先に歩かせといて正解だったようね。 壁役ご苦労」


 遅れてやってきた音無が、加茂の肩を持って追い越した。


「お前なぁ……俺の牙にだって耐久限度があるんだぞ」

「爆発の衝撃に耐えたんだもの、そう壊れないはずでしょ。 丈夫さだけは信頼してるんだから、そのくらいは働いて」

「ったく…………おい、そこなんか……糸通ってるぞ」


 音無が糸を踏んで、天井に繋がった照明が落下する。

彼女はそれを難なくかわしてみせたが、避けた先のタイルが一段沈み込んで、上から降ってきたネットまでは予測できなかったようだ。


「ちょっと! どうなってんのよこの階は!」


 確かに、この階層から急に罠が現れ始めたのは不思議だ。

どれもこれも、手間がかかっている割には足止め程度の威力しかない。


「もしかすると、この罠自体が牙の能力なのかもな…………あーあー、外してやるから、暴れるなって」


 不思議といえばこの女、音無楓もそうである。

もうFangsにも慣れてきたが、いまだに彼女の牙がどういうものなのか知らない。

 今現在の状況を見て、身体強化を行うタイプではないだろうが……。


「罠を作る能力。 あれ、確か……」

「心当たりがあるのか?」

「いや、あるにはあるんだけど、そんなはずない」


 加茂がネットを引き千切るのを待ちながら、音無が悩みこんだ。


「前に同じ能力を持った牙使いに会ったことがあるの。 だけど、この場にいるはずがない」

「羽山教のことだ。 外部から牙持ちを呼んでることだってあり得るだろ」

「いいえ、あり得ないわ。 だって死んでるもの」

「…………じゃあ、別の似た能力……もしくは単純に牙じゃないかのどっちかだろ」

「それも変。 牙は能力の重複を何より嫌うの。 それにここは螺旋階段へ通じる唯一の通路。 作戦開始時点で7階に居た木戸が気づかないはずないでしょ」


 つまり、これらの罠が自力で置かれた場合、木戸が通った後に設置されなていなければおかしい。

セントラルビルの階層を一本の縦線として表すと、罠の設置が可能なのは木戸より下階で、加茂たちより上階の人物でなくてはならない。


「……居ないな。 一人も」

「その点、私の言ってる牙は『対象の周囲に罠を生成する』能力。 今の状況にピタリ当てはまるわけ」


 なるほど確かに、説得力のある考察だが……。


「わかった。 仮にその憶測が正しいとして、一番の問題点は死人が牙を使ってる点だろ。 説明つくのか?」

「本来、牙は持ち主が死ぬと効力を失って、ただ硬いだけの道具になる。 実際、木戸のコレクションはほとんどがそれよ。 一旦その特質性を失った牙は、二度ともとには戻らない。 牙の大原則」

「なら、なおさらどうして……」


 加茂の目前、天井からくす玉の紐が垂れ下がった。

今に罠が生成される、その瞬間を目撃して、牙という可能性を黙認せざるを得なかった。


「……いや、考えても無駄かもな」

「そう。 なんだってあり、が牙の取り柄だもの。 死人が牙を使うなんて、今更驚くことじゃないでしょ?」

「だな」


 試しに目の前の紐を引いてみた。

上から金具の外れる音がして、少し左、つまり音無の頭上の天井板が外れ、またもやネットが落ちてくる。

彼女はちょうど下を向いていて、寸分も避ける動作を見せないまま、網に絡め取られてしまった。


「いや、えぇ!? なんで私!?」

「そりゃ俺は爆発耐えたし……お前のほうが引っかかりやすいと思ったんだろ」

「……あいつは絶対、私が倒す」

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