サーティーン③

「――ほらよ、これでいいンだろ」


 牙を没収されたナインスが、投げやりに呟いた。


 ここはセントラルビルの10階。

螺旋階段を戻って程なくとある空き部屋。


「即興にしちゃ良く出来てるな。 これで後は、美波律子がこちらへ向かってくるかどうか……」


 木戸とナインスの戦闘が決着してから少し過ぎて、木戸は未だ10階に留まっていた。

今すぐ加茂達に合流して加勢したい所だが、その前に1つ、試したいことがあったのだ。


(残る敵は美波律子と羽山宗王。 対してこちらで負傷した人物を除けば、のこりは俺と加茂と音無、それとエイス、テンス。 遅れて卜部とセブンスがいずれ合流する。 人数で考えれば確実にこちらが有利)


 しかし、窮鼠猫を噛むがとりえの牙である。

油断はできない。

ましてや羽山教のツートップを同時に相手取るようなことがあれば、その連携力は警戒して然るべき。


(……多少無理はあるが、俺一人で美波律子を抑え込む)


 危険度は高い。

だが、それに見合うほどのリターンも見逃せない。


 木戸自身、幾度の逡巡と考察を重ねての行動だった。


「店長サンよぉ、悪いがあんたじゃ秘書サンは倒せねぇぜぇ」


 木戸の牙が直撃した頬をさすって、ナインスがものを含んだような声ではなす。


「頬骨が折れてんだ、無駄口は慎めよ」

「そのぉ無駄口を強制させたのはどこのどいつだか……いてて」


 美波律子をおびき寄せる手段として、ナインスの携帯電話を利用した。

美波に侵入者の存在を伝え、ナインスと合流することを約束し、言葉を待たず通話を切る。


 餌にしては少々質不足だが、来ないなら来ないで従来の作戦通り行動すればいい。


「……ったくそれにしてもねぇ、収集家コレクターなンてとンだ大物、トエルブの奴はよく用意したもンだ」

「その呼び方やめろ、嫌いなやつの顔がちらつく」

「嫌いなやつねぇ。 どうだか」

「あ?」


 ナインスはわざと癪に障るような声色で、木戸を笑った。


「……はぁ。 とりあえず、お前は美波が来るまでにトエルブヘ引き渡す。 それまで大人しくしてろ」

「はいはい、仰せのままにぃ」


 木戸の下瞼が無意識に痙攣した。


(いや……冷静になれ……冷静に……そうだ、煙草……)


 震える手で火をつけようと試みたが、一際大きいビルの振動に阻まれ、煙草を落とした。


「チッ……何事だ…………?」


 一階の振動と似たような動きだったが、さっきのは場所が違う。

7、8階層くらいの感覚だろうか。


「秘書サンは思い切りがぁいいねぇ。 大事な牙を捨てるような真似しちゃって」


 ナインスは笑って、言葉を続けた。


「鬼が出るか蛇が出るか、どっちにしろ私にぃ害の及ばない存在なことを祈るぜぇ」

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