サーティーン

 双國十三ふたくにじゅうざ

私は羽山教のとある信者。


 羽山教が有名になる前、具体的にはセントラルビルの建設前からの信者で、古株だ。

変な組織に陶酔していると遠縁の目は冷たいが、他の信者たちからは大先輩扱いで、正直言って気分は悪いものでもない。

羽山教に入っていて良かったと、特にこの街ならば実感は多い。


(ん? それじゃあまるで、俺が羽山教を好きじゃないのに入信したみたいじゃないかって?)


 御名答。

この私、双國十三は羽山宗王を好いてはいない。


 ではなぜ羽山教に入信したか。

少し考えればわかる。


 ……


 そう。

私の目的が羽山宗王にないのならば、対象は自ずと秘書の美波律子に移る。


 彼女の千里にまで透き通る美声!

研ぎ澄まされた視線に高い鼻……全体的にシャープな印象を抱かせる整った顔立ち!

おしとやかながら些細な仕草に、年相応の可愛げが僅かに覗くチラリズムの至高たるやいなや……!


「神が人を創るならば、彼女は神の頂点たる神の中の神によって創造された頂上の逸品っ……! いや、もはやあの方は神により遣わされた天よりの使者……さしずめエンジェルと呼ぶに相応しい人物か!」


 そんな彼女をもっと側で、もっと近くで見ていたい!

という願望により、私は羽山教へ入信、同時に事務員に就職した。


 しかし、顔を見せない羽山宗王に変わって彼女は様々な業務を忙しくこなしており、セントラルビルが建設されてからはその姿をめっきり見なくなってしまった。

福利厚生、社内交流とは無縁のこの事務仕事、かれこれ1週間と3日はインタビューの記事の切り抜きに話しかける日々が続いている。


「だ〜が? 今日ばかりは少し違う」


 羽山宗王の初顔出し講演会。

今日の未明にいきなり発表された情報に世間は大騒ぎだが、他の信者たちは騙せてもこの双國十三の目は誤魔化せない。


「私が個人で設置した螺旋階段上部の監視カメラに美波さんは映っていない。 残念だ」


 つまり、彼女はまだ、このセントラルビル内部にいる。


 これは外の駐車場にある彼女の車からも明らかな事実だ。


「講演は30分後、今から出発したって間に合わない。 羽山宗王が一人で全部こなせるはずもないし……ほぼ確実にデマ。 こんな不確定な情報に踊らされるなんて、他の奴らは何を考えてるんだ。 まあ、長年謎だった教祖の素顔が拝めるならば、藁にもすがる思いなのはわかるが……」


 しかしそのデマのおかげで、このセントラルビルには羽山宗王、美波律子、そして一部の信者たちが数人と異例の少なさ。


 きっと、これを機に彼女との距離を縮めろと、天からのお告げに違いない。


「ふふ……午前の分の業務は終わらせたことだし、後は美波さんがここまで降りてくるのを待つだけ……」


 5分、10分、いや1時間ほど経っただろうか。

踊り場の角から見慣れた茶髪が覗いた瞬間、双國の心臓の鼓動が速まった。


 肉眼で見る美波律子の素顔はやはり美しい。


(あぁ! いい! すごくいい! 素晴らしい! ……おっと、そうそう……ボイスレコーダーを用意しなくては)


 録音開始の赤いランプが点灯したことを確認し、タイミングを見計らって螺旋階段を登る。

この速度で歩けば、隠しカメラの前で美波さんと合うことができるはずだ。


「美波さん! いらっしゃったんですか」


 あくまで事態は把握していない、なにも知らない体で話しかける。

講演会の存在は知っていても、それをデマとは思っていない設定だ。


 すると彼女には、事の真偽を説明するべき行動義務が発生する。

一つでも多く声を録音するための、双國の工夫であった。


「貴方、誰?」


 いきなりの汎用台詞「貴方」の登場に思わずガッツポーズを取りそうになるが、そこはぐっとガマンしてさらなる台詞の採集に挑む。


「ここで働いてる双國というものです。 ずっと探してたんですよ、美波さんは講演会の話、聞きました?」

「講演会? あんな根も葉もない風説、信じる人間はいません。 ……貴方、まさか行くつもりではないでしょうね」

「あー……なるほど……」


 講演会の存在自体は知っていたが、現在の状況を把握している訳ではない。

といったところだろう。


「わかったら早く仕事に戻りなさい。 私も暇じゃないんですから」

「そのことなんですけど…………」

「なんです? 言いたいことがあるならはっきりさっさと話しなさい」


 斯々然々、双國以外に信者が居ないことを話すと、美波の表情に披露が溜まっていくのが見えた。


「……どうしてこう! 馬鹿しか居ないのかしら……!」

「美波さぁん! 僕はちゃんと出勤しましたからね! 褒めてください!」

「それが普通なの!」

「素直じゃないところがまたイイッ!」


 すると今度は何かに気づいたような、はっとした顔をして彼女は電話を掛けはじめた。


「ふたくに……でしたっけ? 少し離れて」

「ええ!? そんな酷い! でも美波さんからの初めてのお願いですからね喜んで離れますとも!」


 この男、どこまでも美波律子にぞっこんである。

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