フィフス②

 フィフスが初めて牙を使用したのは3ヶ月ほど前のことだった。


 彼の幹部加入当初、牙に取扱説明書など付いてはいないので、あの手この手で能力を探って見たのだが、すべては失敗に終わった。

牙は事前に回収しておいた未使用のものを渡したから、能力がないことはありえない。


 どうしたものかと何日かが経った時、事件は起きた。


 その日は午前の快晴も束の間、海洋をひっくり返したような大雨で、気象病に悩むフィフスは部屋に籠もりきりだった。

 当時その場に居合わせたイレブンによると、1分前の出来事も思い出せないほど状態が悪く、半ば昏倒するように眠ったのだという。


 イレブンは友人ながらフィフスの容態が快方に向かうのを願っていた。

が、次に目覚めたとき、彼の内面はフィフスではなかった。

彼とは似ても似つかぬ見た目、声質、何よりの暴力性。


 二重人格、というと少し語弊がある。

イメージとしては第二の人格、その巨大な核をフィフスが包み込む形だ。

何らかの形でその包装が剥がれてしまうと、一度牙によって作り出された二面性が顕となる。


 ちなみに、今の羽山教幹部の欠員はすべてフィフスが作ったものである。


『よくやった、ファースト』


 そのフィフスは今、ファースト愛用の30口径ライフルで撃ち抜かれた。

少々返り血がかかったが、流石の火力で弾は頭蓋骨を貫通し、大体は床にぶちまけている。


 意識を失うことをトリガーに牙が発動するなら、下手に生かすより息の根を止めてしまったほうが早いと、トエルブはそう考えたわけだ。


『イレブンに殺されても責任はとらんぞ』

『こっちは3人殺られてるんだ、むしろ割に合わないのは私達の方だろう』

『……そう、か』


 幹部になる前のファーストは世界中を忙しく飛び回る高名な殺し屋であった。

これも、フィフスらと同時期に美波律子によってスカウトされたのだ。

 そして殺された幹部の中には、ファーストの同業者でパートナーであった人物もいる。


『よし、じゃあ、シクスが見つかるまでその場で待機していてもらおう。 死体は私が処理しよう』


 Fangsにシクス探しの進捗を聞こうと、ファーストとの通話を切った、直後だった。


「ほう、死体処理? それで、どこにあるんだ、その死体は」


 フィフスだ。

彼が頭部から脳髄液を垂らしながら、ゆっくりと立ち上がったのだ。


 はっきり言ってありえない。

牙は人が使って初めて能力を発揮する。

所有者が死んだあとで効果を得る牙など聞いたことがない。


「フィフス……? いや、違うか……」


 なで肩が上がって髪が伸び、全体的な筋肉量が向上している。


「如何にも。 久方の浮世で興奮しているが、悪しからず」


 フィフスが上から羽織っていた服が女用のボレロみたいに小さく見える。

体格というより、根幹から骨格が入れ替わっていた。


(会話ができる程の知能がある……果たして、あれは本当に牙なのか?)


 男は、自身の五体の感覚を確かめるように筋を伸ばした。


「過日、己の目覚めたときは三刻ばかりの当に束の間であったが……」


 男が傷口を指でなぞると、ピタリと流血は止まった。

生きているのか死んでいるのか、それすら超越している。


「どうやら、此度は己の軟弱な二面性の目覚めを危惧することは杞憂らしい」

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