フィフス

『エイス、テンス、どうだ?』

『よくわからないけど…………ん……うん、これで多分、センサーは止まったと思う。 監視カメラはもう少し待って』

『よし、では引き続き頼んだ』


 トエルブの率いるリベリオンの一団は、主にセントラルビル下層階の様々な場所へ散らばっていた。

エイス、テンスはコントロールルームへ向かい警備システムを止めに、狙撃手のファーストは周囲のビルに待機、トエルブはビル内をとにかく練り歩いて索敵をこなす。

シクスが行方不明なのが気がかりだが、元々ふらっと居なくなることが多い子なのでそこまで心配はしていない。

 大体、彼女の自衛能力は牙全体で見ても群を抜いて高い。

あの子に限って失敗はないと、信頼していた。


(事実的な戦闘要員は私だけだが……そこに関しても問題はあるまい)


 一番の不安要素であるイレブンがFangsに倒された今、残るフィフス、ナインスは能力こそ目を見張るものがあれど、規模でいえば加茂修一のそれに勝るとも劣らない程度。

慢心ではないが、とりあえず潜入の成功は祝ってもよいだろう。


『フィフスが階段を降りてる。 多分1階まで行くつもりだと思う』

『それは困る、東の非常階段か?』

『えぇ。 今7階にいる』


 広さだけが取り柄のセントラルビルは端から端まで300mある。

走って追いつかなくては間に合わないだろう。

建築当初以来の閑散なビル内を駆けながら、トエルブは言った。


『美波律子は見つかったか?』

『きっと最上階でしょうね。 昨日、支部の視察から帰ってから、どこの出口にも映ってない』


 最上階は羽山宗王と美波律子の許可した人物しか出入りのできない特別な場所だ。

エレベーターは下の階までしか動かないし、唯一の階段も鍵がかかっている。

イレブンあたりの牙で無理矢理侵入することも可能だろうが、そもそも羽山宗王の顔を見ることは美波律子と羽山宗王を敵に回すことなのだ。

単に今まで、それほどのリスクを犯してまで気になる程でもなかっただけ。


 実質、羽山教という組織は羽山宗王を抜きにしても円滑に回っていた。

羽山宗王という光り輝く宝箱に、美波律子という強力な宝の番人。

さすれば、その中身はさぞ価値のあるものだと、皆そう思う。


 うまい手だ。


『5階の東非常階段前から中央踊り場までの監視カメラをすべてオフにしてくれ。 あとは継続して最上階前階段と資料室前廊下の監視を頼んだ』

『ええ。 そっちも頑張って』


 非常階段に到着したので通話を切る。

少し下の方で鉄の階段を踏む音が等間隔に響いた。


「フィフス」


 その呼びかけに応じたのは、細身で長身の青年だ。

彼はイレブンと同校の出身で美波律子のスカウトのもと、羽山教の幹部になった。

羽山教幹部が羽山教の信者ではないというのもおかしな話だが、なにより当時の幹部に求められるのは忠誠心ではなく即戦力となりうる牙所有者であったのだ。

その点でイレブンとフィフスは初期の勢力拡大に多大な影響を及ぼした影の功労者であるのだが……。


「あ、トエルブさん」

「大方、下階の騒ぎを聞きつけて来たのか。 だが少し遅かったな、もうイレブンが向かったところだ」

「その話なんですけど……さっきから宗次郎と連絡が取れないんです」


 フィフスとイレブンはお互いを名前で呼び合っている。

なんのためのコードネームか甚だ疑問だが、トエルブ自身もこの謎の数字呼びには若干の抵抗があった。

というのも幹部制度についてはすべて美波律子の提案であり、当初4人のみの幹部の一人のトエルブに「12th」という不相応な名を授けたのも彼女だからだ。


「イレブンはセントラルビル内部で言えば幹部の誰より力のある男だ。 そう簡単に身を案じられては面子がもたん」

「でも、万が一だってありますから」

「仮にその万が一が起こり得たとして、現場に駆けつけるのは私でも君でもない、美波律子だ」


 トエルブは少し歩こう、と提案して、さきほど走った道のりを引き返した。

不服ながら、フィフスもあとに続く。


「フィフス、君は美波律子のこと、どう思う」

「そう……ですね、僕と宗次郎は元々行くところなんてなかったですし、すごく、感謝してますよ。 羽山教っていうのはまだよくわからないけど……」

「ふむ、では一つ、暴露話をしよう」


 大きなガラス窓に映る太陽を背にして振り返った。

室内に人影が完成してフィフスを隠す。


「イレブンだがね、ついさっき負けたよ。 死んではいないが、恐らくかなり手ひどくやられた」

「え? 誰にですか」

「前に教えただろう、Fangsという牙の専門家のような連中だ」

「じゃあすぐに向かわないと……そうだ! あの子、名前忘れたけど……治せる子を連れていきましょう!」


 フィフスのいう「治せる子」というのは須藤癒乃のことだ。

彼女の牙は、人や物を問わず怪我や傷を治すことが可能。

このことはFangsの面々にも話しておらず、羽山教の幹部らのみにしか知られていない。


(もっとも、何故このタイミングで治癒能力者を欲したのかは、羽山宗王と美波律子のみぞ知ることだがな……)


 須藤癒乃は現在、本人同意の上で美波律子と行動を共にしており、恐らく最上階にいる。

今、美波律子に接触するのはまずい。

できる限り彼女が事態を把握するのを遅らせなければならなかった。


「フィフス、君は美波律子を殺せるか」

「えぇ……? いや、質問の意味もわからないですし、そんなこと言ってる場合じゃないでしょう」

「私は殺せる」


 フィフスの忙しい視線がある一点に留まった。

トエルブの右手に収まる、小さいながら多機能で高性能な通信機である。


 シクスが行方不明ゆえ、こちらから窓際まで誘導しなければならなかったが結果オーライだ。

射線が通りさえすれば、彼の仕事に失敗の二文字はない。


「私が君を誘わなかった理由、わかるかい? 単純な話、君は美波律子を殺せない。 イレブンも同じさ」

「……何がどうなってるんですか」

「わからなくても結構」


 トエルブの肩口をすり抜けて、弾丸がフィフスを射抜いた。

要望と寸分違わぬ脳天直撃の一撃必殺。


 彼の、ファーストの勤勉な仕事ぶりにはいつも感心しっぱなしだ。

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