イレブン②

「藤芝さん、この子、どっか行かないように見といてください」

「あぁ……」


 鉄塊はだんだんと近づいてきていた。

家具とか照明も巻き込んで移動しているから、近くで見ると意外に歪な形状をなしている。


「加茂君」


 藤芝が下方向を指差した。


「やるなら落とす方がいい。 ここはちょうどエントランスの直上だ」


 牙の出力を最大限にし、拳を振りかぶった。

パンチングマシーンを殴るときのように、実践非重視の一撃必殺。


 自由な左手で携帯を操作し、階下の卜部に電話を掛ける。


『お、どう? うまく行きそう?』


 卜部が尋ねた。


『今からそっちにイレブンを落とすので、なんとかしてください!』

『任せなよ。 こう見えて野球は得意なんだ』


 言ってる意味が理解できないが、あの人ならなんとかしてくれるという希望を思わせてくれる信頼があった。


(全力パンチのコツは……)


 腕力よりも全身を回転させた遠心力を利用して……。

インパクトのその瞬間まで拳は握らない。

あとは確固たる信念と怨念をもって目標物を正面に見据え、上から下に叩きつける!


 激突の瞬間、衝撃波が発生したような感覚に襲われ、無意識に目を閉じた。

瞼の裏で光球が弾け、首筋を電流が走った。

どうやら火花が散ったらしい。


 加茂の拳とイレブンの鉄塊の激突はしばらく続いたが、最初にその衝撃に耐えられなくなったのはどちらでもなかった。

崩れたのは、2階フロアの床だ。


 セントラルビル1階は他よりデザイン面に重きを置いた構造になっていて、縦が長い。

普通に落下すればひとたまりもないが、加茂の牙があれば階段を1つ飛ばして降りたくらいのリアクションで済む。


 2人が1階へ落ちていたそのとき、聞き慣れた彼女の声がした。


「オーライオーライ! こっちだよ、加茂クン」


 イレブンが下にいたので彼女の位置が見えなかったが、声のする方向は判別できる。

空中で体をひねり、剥がれた鉄材を押しのけて蹴りをいれた。


 2度の攻撃でボロボロになったイレブンの鉄塊は簡単に直下へ吹っ飛んでいった。

着弾地点は卜部のそばだ。


「超必殺〜……直線弾丸ホーームランッ!」


 先端が膨らんだバットのような形をした縄で、加茂のパスした鉄塊を打ち返した。

ただ、おおよそ数トンの重量を飛ばせるわけもなく、当たった時点で爆発したように塊は砕け、遂に内部が露出する。


「これじゃあバントじゃないか!」


 イレブンは気絶した状態でバットもとい縄に前屈のような姿勢でぶら下がっていた。


 加茂が決着を悟ったと同時に、鉄塊だったものが浮き上がって2階に戻っていく。

肌や服についた欠片まで動くのでくすぐったがったが、おかげで腰部のポケットにしまっておいた携帯が震えているのに気づいた。


『加茂君、そっちはどうなった?』

『なんとか終わりましたよ』


 終わってしまえば呆気なかったが、これと同格の人間があと4人いると考えると気が遠くなる。

信者が戻ってくるまでの時間に事を済まさなければならない中、単純計算で考えればまだまだ遅い方だ。


「……あれ? 戻るやつと戻らないやつがありますけど、なんの違いだろ」

「あぁ、それは多分、イレブンが破壊した分だろうね。 2階の天井もそうだし、彼の操作能力を使用していない部分は修復の対象外らしい」


 とすると、2階は相変わらず壊滅状態というわけか。

藤芝が電話をかけてきた理由も頷ける。


『……そうだ、藤芝さん、あの子は?』

『ああ、無事だ……でも彼女、何かなくしたものがあるらしい。 この惨状じゃ三日三晩瓦礫を掘り起こしたって見つかりそうにないけどね』


 その時、携帯から割込通話を知らせるアラームがなった。

トエルブからだ。

藤芝に断って通話を保留にし、着信に出る。


『もしもし?』

『加茂修一、シクスを見なかったか?』


 若干、かぶせ気味にトエルブが聞いた。


『シクス?』


 6th……そういえば、そこだけまだ正体が知れていないのだった。


『さっきから連絡が取れないのだ。 あぁ、いや、なにか戦闘に巻き込まれていなければいいが……』

『落ち着けよ……こっちの4人はみんなシクスとやらがどんな人間かわからないんだぞ』

『そう、そうだったな。 この際、隠す必要はあるまい。 中学生くらいの顔立ちで背は低い、髪は銀で、あとはそうだな……』

『性別は』

『女だ。 ……いや、すまない、すごく動揺している』


 ……いた。

2階で藤芝と一緒だ。

卜部は隣で「そんなの居たっけ……?」と首をひねらせていたが、加茂は知っている。


『というのも、彼女は本作戦の最重要人物なのだ。 あの子とあの牙がなければ我々の勝ち目はほぼないと断言していい』

『……参考までに聞くが、その牙はどんな形状のものだ?』

『A1より一回り大きいくらいの古い地図だ。 ……もしかして見たのか!?』

『いや、見てない』

『やはりそうか…………こうしてはいれん、一刻も早く探し出さねば』

『待った、俺が変わりに探す。 特徴は聞いたし、とりあえずのところ役目は終えたしな』

『イレブンを倒したのか、流石Fangs、仕事が早い。 ではできるだけ早急に頼む』


 その後もしばらく話したと思うが、加茂はもう気が気ではなくて当たり障りない返事を返すのに精一杯だった。


「まずいことになった……!」


 瓦礫の山の一角をあさっても出てくるのはモルタルやらコンクリートやらの破片、ときどき木製家具の残骸。

あのとき見捨てた彼女の牙はどこにも見当たらなかった。


『藤芝さん! あの子は!?』

『ん? ……ちょっと待った、今代わる』


 少しして、少女あらためシクスの小さな声がした。


『なに』

『見つかったか?』

『見つかってない』

(お前のせいで)。


 多分、そういうことだ。


『……俺も、探すからさ……』

『…………当たり前』


 藤芝との通話なのに、向こうから切られた。


「加茂クン、何か君、そういう星の元に産まれてきたんだろうかな。 人に嫌われる才能というか」

「認めたくないです」

「私はよほどじゃなきゃ君のこと嫌いにならないから安心しなよ…………あぁでも、こないだ私の日本酒飲んだの、まだ許してないからね」

「…………」


 もしかしたら、今最も警戒すべき敵は身近にいるのかもしれないと――――

またもや気が気でない加茂だった。

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