イレブン

 作戦の勝利条件は羽山教が存続不可能になるほどの大きな汚行を暴くこと。

ならば無理に戦闘を行うことなく資料のある部屋へ、トエルブの牙で飛べば一発だろうと会議で指摘があった。


 それをしなかったのは、トエルブいわく「残った羽山教幹部たち全員が無視できるほどの強さではないから」だという。


 資料室の管理は全て美波律子が行っており、資料室へ入れば彼女を通じて幹部たちに情報が流れる。

幹部たちとの接敵は免れないわけで、加えて羽山宗王という不確定要素も存在しているなかですぐに資料室へ向かうわけにはいかないらしい。


(何をするにしろ、まずは幹部と美波律子を制圧する。 そこからスタートだ)


 幹部3人の能力はトエルブが話してくれた。

かなり強力な牙揃いで、トエルブが卜部たちFangsと牙対に協力を求めたのもうなずけた。

要するに、分担作業で幹部たちを片付けてくれということである。


 フィフス、ナインス、イレブンの3人の中、Fangsと藤芝の4人に割り当てられたのは……


「Fangsの卜部美奈……? 何故ここにいる」


 大学生くらいの青年がエレベーターから降りてきた。

朝方のデマ情報で信者が全員出払っているというのに落ち着き払った動作で焦燥は感じられない。

羽山教幹部が一人、イレブンである。


「そりゃあ、須藤癒乃の件に決まってるじゃないか。 返してもらいに来たよ」

「なるほど……あれは陽動だったのか」

「よゆこと。 まずは君から捕縛させてもらう。 具体的には牙の武装解除だけどね」


 卜部の腰元から縄が出てきた。

蛇のように空中をうねったかと思うと、急に一直線に静止して即席の槍となる。

加々峰と戦った時にも見せた彼女の牙で、その能力は『一本の縄を操る』こと。

長さ硬さは自由自在で相手の捕縛ももちろん、全体または局所的に硬度を変えれば棒術、槍術、ヌンチャクに三節棍とよりどりみどりに武器を選べる。

何より応用力と使用者の器量が試される牙だ。


「その強さ、噂に聞いてはいるが……」


 イレブンの周囲の床が地鳴りのような音を立てて盛り上がった。

大理石のパネルが曲がって音を立てることはなく、粘土のような粘性を感じさせた。


「生憎、俺の牙はセントラルビルにおいて敵なしだ」


 イレブンの牙……彼の能力は『特定の建造物の内部構造を操作する』こと。

セントラルビルのみに限り、彼が想像する通りに何もかもを書き換える。

その能力の底はトエルブも知らないらしい。


「そりゃあビル内全部が射程距離なんだから逃げ一択だよねぇ……予想通り予想通り」


 イレブンが穴の空いた天井から姿を消して、直後に左右から大理石の壁が迫る。


「セントラルビルには須藤癒乃がいる、下手に上階へ影響を及ぼすような攻撃はしてこないはずだ! 頼んだよ加茂クン!」

「……任せろっ!」


 口元の牙が蒼く輝くのを確認して、加茂は両側の壁を叩いた。

高速度の石壁と高速度の拳がぶつかり合い、ガラガラと音を立てて、壁のほうが崩れた。


 一瞬の突破口を逃さず、卜部を除いた3人は個々に別の場所を目指して走る。

階段を使って音無は3階へ、加茂と藤芝は2階へ向かった。


「それじゃあ手筈通りに!」


 藤芝が叫ぶのは、階下の地鳴りが工事現場並にうるさいからだ。

イレブンの牙の騒音は加茂の耳によく響く。

響きすぎるのも考えもので、彼がどこにいるか全く感知できない。


(上階の影響を考えれば、イレブンはよほどでもない限り3階までしか移動しないはずだ……もし階を移動すれば4人の誰かが気づくはずだし、階段は卜部さんと音無が見張ってる)


 二階内部は殆どが個室の事務室が大半で、イレブンが隠れているか一つ一つ確認していかなくてはならない。

加茂は藤芝と別れた廊下の中央から、扉を蹴飛ばしていった。


 3つ目の扉を開けようとした時、向こうから人の気配がした。

音が判断材料にならない分イマイチ信頼性に欠けるが、大事を取って様子を見ることにした。


「イレブン……じゃあなさそうだが……」


 信者の残りか?


 一応、牙の出力を上げて扉を開ける。

開けると言っても鍵がかかっていたので、ドアノブを捻じ曲げた。


「おい、誰かいるのか――――」


 セントラルビルは羽山教の総本山で、一応は事務方を担う施設のはずだ。

それにしてやけに生活感を感じる部屋。

そして何より驚いたのは、そこにいた人の方である。


 まだ中学生くらいの少女が、円形の机に向かって座っていた。

卓上一面に古紙の地図らしきものが広がっていて、いたるところに黒字のペンで図形が書き込まれていた。


 少女は一度こちらを見ると、すぐまた関心がなさそうに目線を下へ移した。


「君、親はいないのか? ……いや、そうか……この騒動で出払ってるに決まってるよな……」


 微量ながら加茂は責任を感じて、どうにもほうっておくわけにはいかなくなった。


「卜部さんに連絡……それとも奥野さんか……?」


 一段と強く大きくビルが揺れた。

今までとはどこか違う、地が震えるというよりは巨大な物体が動き回っている音。

正体はわからずとも、少しずつ近づいて来ていることだけが確かだ。


「ちょ……君! ここは危ないから、早く上の階に避難したほうがいい!」


 銀髪の少女はもの言いたげな目で加茂を睨んだあと、「大丈夫だから……」とか何とか呟いてまた視線を落とした。


「いや……冗談抜きで逃げないとやばいんだって……!」


 外を除いて、始めて音の原因がわかった。

特大の鉄の塊が廊下の奥の方で見え隠れしている。

あれが暴れまわって室内を破壊しているらしい。

箒で床をはくみたいに、奥の方から蛇行して2階を一掃するつもりのようだ。


「ああもう……後でとやかく言うなよ!」


 机にかじりついて動こうとしない少女を片腕で担ぎ、急いで部屋をあとにした。


「あ…………」

「後で拾ってきてやるから!」


 すんでのところで部屋が潰れる。

きっと彼女が書いていた紙は原型も留めてないだろうが、命に変えれば安すぎるものだろう。


 にしても不思議なのはイレブンの牙だ。

加茂たちを倒すのにわざわざあんな方法を取るということは、やはりビル内の構造をいじるといっても自由自在ではないらしい。


 動かせるサイズや質量に限界があるのか?

それとも……。


「……離して」

「離したら取りに戻るだろーが!」


 じたばたして逃げ出そうとする少女を釣りたての魚みたく抱え込み、しばらく廊下を駆けたところで藤芝を見つけた。


「加茂君、誰だその子は……」

「僕にもわかんないですけど…………そっちにイレブンはいなかったんですか?」


 藤芝によれば、先程加茂と別れた場所から奥は全て捜索したそうだがイレブンの姿はなかったという。


「まさか」


 加茂は振り返る。

イレブンの牙によりほぼ壊滅状態となった2階フロアをあの塊がいぜん暴れていた。


「……あの中だ」


 恐らく、イレブンの牙に課せられた条件は有効射程。

近いものほど高い精度やパワーをもって操るのだ。

ということは、イレブンはあの塊の中核部分で牙を使用しているはず。


 藤芝は驚いて訪ねた。

「嘘だろ? あんなの壊せっこない」

「やるしかないでしょう、階段はあれの向こう側ですし」


 あの鉄塊を破壊するほどのパワーが加茂にあるのか、試してみなければわからない。

これまでの加茂の人生で、挑戦と失敗はほぼ同じ意を示す言葉であったが、牙に関わってからは話が違う。


 敗北はあっても失敗はない。

加茂の期待を大幅に超える形で、口元の蒼い牙は力をくれた。

それが他力によるものだとしても、加茂の心中はある感情で満たされている。


 それは自信だ。

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