下準備②
「加茂クン、休日に悪いけど今から事務所来て」
Fangsに加入してから始めて、卜部からの連絡がこれである。
錦野と昼食をとっていた加茂は、ため息をついて答えた。
「……どうかしたんですか?」
「そっちはどこか店の中かな、だとすると会話の聞かれないところでかけ直してきてね」
通話が切れた。
「……誰か一人くらい、まともな人は居ないのか! あの事務所は……」
「大変そうだな、正社員ってのも」
錦野が三日月形のポテトを口に運んだ。
現役大学生がどれだけ忙しいかは想像に及ばないが、人の多忙を憐れむ余裕などないことはわかる。
「お前ももう少ししたら同じ立場になるんだからな」
「親の店を継ぐ俺の耳には届かない忠告だぜ」
「そーかよ」
卜部に電話を掛ける前に、会計を済ませて店を出た。
元々の予定が一緒に昼飯を食うだけだったので、店前で別れて事務所へ向かった。
実に、徒歩でおおよそ20分の距離である。
「電話かけてって言ったじゃないかぁ」
扉を開けるなり、椅子にかけていた卜部が詰め寄った。
「なら、この前の僕の電話にも出てくださいよ」
「それはだね加茂クン…………卑怯じゃないか」
「卑怯だと思うなら改善してください。 ……あと」
「あと?」
元は待合室だった、今は飲み物の段ボール箱が並ぶ廊下を進みながら、加茂はこの先の応接間に3人、人がいる気配を感じ取った。
一人は音無だが、残りは加々峰でも木戸でも藤芝でもない。
匂いでわかる。
「拒否権があったのならそう言ってください」
「……分かっちゃった? 別に仕事のある奴らはみんな来てないよ」
「はぁ……」
「君が連絡しないから」
「卜部さんがもっと早くに伝えないからです」
言い合いながら応接間に入って、加茂は匂いの判別できなかった原因を理解する。
「トエルブ」
「その節はどうも。 元気そうで何よりだ」
小綺麗な室内のテーブルを囲んでいたのは、音無とトエルブとあと一人、木戸より少し歳を感じさせるくらいの男がいた。
「加茂クンは初対面かな、彼は
奥野は懐から名刺を取り出した。
「卜部や木戸とは、まあ長い付き合いになる。 このバカの説明に至らないところがあれば、牙に関して知ってることは教えるぞ」
「自己紹介ついでに貶される私の気持ちも考えてほしいなぁ」
「知らん」
概ね他の事務所メンバーと変わっていなくて安心した。
ここ最近の加茂の生活は出会いの連続だが、その殆どは卜部の人脈あってこその出会いだった。
収集家の木戸とは前々から交流があったと聞くが、奥野や藤芝の警察機関にまでパイプを持っているのは流石の人望である。
「おっけー……じゃあ始めようか」
おもむろに卜部が照明を切ると、明り取りのない応接間は薄暗くなった。
廊下の向こうからキャスターの転がる音がする。
「じゃぁーん」
……ホワイトボードが出てきた。
上に小さめのプロジェクターが付いていて、それのせいで斜めにしないと扉を通り抜けられないらしい。
H形の脚部に足をぶつけて卜部が唸った。
「いやぁ、昨日公安部に行ったら用具室に置いてあってね。 借りてきちゃった」
「……お前それ許可取ったんだろうな」
奥野が声を震わせた。
「泥棒じゃないんだから、もちろん取ったさ。 ね? 奥野クン」
「…………今後下手に損失を被る前に、この場で殺っとくか」
「怖い怖い、嫌だなぁもう……別にいいじゃないか備品の一つくらい……」
卜部がボードを設置するまでの間、壁にキャスターをぶつけたりすると、奥野の表情が怖くなる。
トエルブは相変わらず不遜な表情を崩さないままで、音無はこないだの上機嫌はどこ吹く風。
奥野に負けず劣らずの目つきである。
「そ……それで、牙対とFangsと羽山教の三組織を集めた理由はなんですか?」
背後からの圧に気づいていないのか、それとも気づいた上でシカトしているのか、軽快に卜部が答えた。
「こないだ、トエルブと協議して決行日を決めた。 だから、作戦の説明会だよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます