リベリオン

「藤芝と加茂、降りてこないな……」

木戸が煙草に火を付けて呟く。

煙が昇る向こう側で、炎上した藤芝の社用車が黒煙を上げていた。


「大方、トエルブとかいう奴の仕業だろうね」

「だとすると厄介だな」


 音無、加々峰は社用車の処理へ向かった。

彼女らの牙なら、車一つを丸めて放り出すくらい容易いものだろう。

それに、これから来る客に粗相があってはいけないと、卜部は先を見越していた。


「……来た」


 目の前に金髪の少女が一人、現れる。

過去に加茂が一度対峙し、卜部も羽山教本部で相対した牙持ちの八重原鈴音だ。


「卜部探偵事務所所長、卜部美奈。 少し話をしましょう」

「喜んで。 部下は大切にしなきゃ、中々増えるものじゃないからね」


 八重原は落ち着き払った声色で、淡々と述べた。

「須藤癒乃の成長速度は私達の想定を大きく上回るものだった。 あと一週間もすれば、彼女は完璧に牙を使いこなす。 ……もう、私達だけでどうにかできる範囲じゃない」


 それを聞いて、しゃがんで煙草を吸っていた木戸が眉に皺を寄せて歩みかかった。


「何言ってんだこいつ? こっちは知り合いが2人居なくなってんだぞ。 その長話を聞くより先にお前を半殺しにしてトエルブを引きずり出すほうがずっと早い」

「……これじゃ、何のために楓と峯也に席を外させたのかわからないな」

卜部おまえ、気づいた上でそれ言ってんならとんだ平和主義者だ。 そもそも向こうが手ぶらで来てねぇんだから粗相もクソもねぇよ」


 木戸が斜め上を指さした。

セントラルビルのある赤羽の方角で、とあるビルの屋上だ。


「折角だから選ばせてやる。 あそこで玩具を構えてる男とおまえ、どっちか一人を頭だけにして羽山宗王に突き返す。 どっちがいい」

「木戸」


 八重原が完全に気圧されて戸惑っているのを見かねて、卜部は木戸の言葉を遮った。


「気持ちはわかるけど、向こうは加茂君と藤芝と須藤癒乃の3人が人質だ。 今から全員同時に助け出すには、少し無理がある」


 現状の戦力を鑑みれば羽山教を壊滅させるのは朝飯前だが、何より牙の恐ろしい所は種類の多さにある。

あの発明家の手にかかれば、核爆弾を野球ボールくらいの大きさにしてカゴに紛れ込ませる事など、それこそ朝飯前なのだ。

それはとても危険なことで、また羽山宗王率いる幹部たちの牙にも同じことが言える。


 未知の牙に戦いを挑むということは、科学室の薬品を目隠しした状態で一本選んで飲み干すくらいの危険度が常に付き纏うのだ。

 

「エイス、あそこの狙撃手に帰るよう言ってくれない? いや、私達のためじゃなく、君たちのためにね」

「…………わかりました」


 少しして木戸が上方から目を逸したのを見て、狙撃手が引いたのだと確認した。


「……オッケー、じゃあ次。 今から言う人間を事務所内に連れてくること。 そうだね――――」


 八重原鈴音は、羽山教の幹部であって『羽山教徒』ではない。

トエルブ、ファースト、そして恐らく本部で出会った竜崎沙百合も同じだ。


 羽山教の内分裂組織、つまりはリベリオン。


「私と加茂君、それと藤芝。 君たちからは……トエルブとエイス、後は誰でもいいや」


 私達が今まで戦っていたのは、羽山教の革を被った別のなにかだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る