元アウトロー④

 セブンスの袈裟斬りを逆手に受け、特注の鞘が軽い音を立てて震える。


(もう持たないか……)


 元々、牙である妖刀は刀身の部分のみで、鞘は溢れ出る負の瘴気を抑え込むために作られた特注品だ。

故に牙の法則『永久不変』の適用外であり、このまま打ち合えばいずれ、鞘が切られることとなってしまう。


「……」


 今から11年前、当時の俺はまだ9歳だった。


 はるか昔の江戸時代。


 地方で腕の立つ鍛治職人として名を馳せた俺の先祖は、江戸の中期から後期にかけての幕末維新の時代を裏で支えた、縁の下の力持ち。

今でこそ没落したものの、京都にある本家の邸は幾度の改修を経て未だ健在。


 そんな家に生まれた俺――藤芝康平は、9歳という若さで人生の転換点に直面することになる。


 叔父が病により逝去し、まもなく行われた葬式には数多くの著名人が訪れた。

当時の俺は、叔父がこんなにも他人と友好的な人物とは思わず非常に驚いたのを覚えている。


 芸能事務所の総取締役から世界的に有名な剣道のチャンプ、そんな参列者の大名行列の中に………奴、桜はいた。


 叔父の遺品として寝室に保管されていた刀、それを迷いもなく手に取りしばらく眺めた後、刀掛けに戻すとどこかに行ってしまった。

よせば良かったのに、それを戸の隙間から覗いていた俺は興味本位で刀に触れてしまう。


 それが───この『妖刀』との出会いだった。


「どこを見ている藤芝っ」


 セブンスの刀が頭髪の端を掠め取った。

散ったいくつかの髪が塊になって飛んでいく。

刀から半透明の液体が滲み出て、それが切断面に付着する仕組みらしい。


(毒液……暗器の類か……!)

藤芝が身を引いて間合いを取ろうとすると、砂壁に背中をぶつける。

1メートル強ある刀の間合いから逃げることはできない。


 藤芝は覚悟を決めて刀を持ち直す。

次に打ち合って鞘が壊れ、妖刀があらわとなる前にこちらから仕掛けるべきだと考えた。


「もう後戻りは出来ませんよ、セブンス」

「上等。 を手に取ったその日から覚悟は決まっている」


 鞘から刀を引き抜くのではなく、刀から鞘を取り払うように動かした。

少しずつ、紫色の刀身から放たれる光が視界を覆う。


(制限時間はおよそ5分……そこまで行けば体調不良で立っていられなくなる)


 藤芝は昔、牙の過剰使用を経験してある程度の耐性がついている。

つまり、藤芝とセブンスの間には妖刀のタイムリミットに差があるので、藤芝の勝利条件は「セブンスの攻撃を5分間耐え抜くこと」になるわけだ。

あの毒物が塗ってある刀を相手にどこまでやれるかわからないが、やるしかない。


「なかなか、良い刀だ。 見てるだけで吐きそうになってくる」


 互いの刀がぶつかり合って、セブンスの方から毒液が飛び散ってくる。

ワイシャツの袖が黒く変色して溶けた。


「折角の一張羅を汚さないでもらいたい!」


 この日初めて、おおよそ1年ぶりに村正を振るった。

警官として誰かを守るためでなく、人を傷つけるため、ひいては実力主義の牙の世界を生き抜くため。


 そのほうが、幾分か気が楽だ。

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