元アウトロー②

 瞬きをすると、足元が畳張りに変わっていた。

一般的な応接間を兼ねた座間より一回り狭い、しかし茶室より一回り大きいほどの空間に藤芝と、男が1人立っていた。


「藤芝康平、警察署に勤める24歳。 2年前から経歴が白紙だが、何かわけがあるんですかね」

「……」


 剣道や弓道で見る袴を着た茶髪の男だ。

トエルブではない。

幹部の誰かか?


「例え襲撃といえど、社用車をダメにして怒られるのは僕なんですよ」

「それは窮屈だ。 羽山教はむしろ壊すのが仕事だからこちらへ来た方がいい」

「……なるほど」


 やはり、向こうの狙いは加茂と藤芝の引き抜きだ。


 2人には過去に牙を使って暴れた共通の前科がある。

空いている幹部の座かそれとも末端組織の頭かで一本釣りを試みたのだろうが、どちらにしろ話にもならない悪条件に反吐が出る。


「生憎と、牙を悪事に使うのは卒業したんです。 あなたも早いところ、恥ずべきことだと自覚したらどうですか?」

「羽山教は私の道だ。 光だ。 現代という生地獄から引っ張り上げてくれた蜘蛛の糸だ。 先入観だけでものを語るのはやめろ」

「狂信者もここまで来ると哀れですね」


 藤芝は会話を進めながら、どこか共通性を感じて手が出せないでいた。

刀を抜くだけで攻撃になるのに、鏡で映したもう一人の自分のような気がして萎縮しているのだ。


 その躊躇いを圧倒的に助長しているのが、彼が腰に携えている刀だった。


「奇しくも同じ形の牙……どうも、他人事とは思えない」

「保護者面大いに結構。 私は羽山教幹部8人が一人、セブンス。 提案に乗るつもりがないのなら、無理やりに連れて帰ります」


 藤芝は牙の能力上、居合いが基本のスタイルだ。

常時抜き身ではどちらがより妖刀の覇気に耐えるかの根性勝負になってしまう。

 それに未だどの程度まで人間が耐久可能なのかが不確かなため、下手をすると自滅もあり得る。


(久しぶりに……この刀を振るう時が来たか……)


 これまで、藤芝が毎日1時間の剣道修練を怠ったことはただの1日だってない。

牙対という天職に出会ってからというもの、常に弱者のためにと身を粉にして修練に励んだ自分が、牙の能力だけで成り上がったようなろくでなしに遅れを取るはずがない。

慢心に近い、確固たる自信があった。


「この部屋なら、どこへ逃げようとお互いの間合いの中。 そして刀の届く範囲内なら……」


 セブンスが刀を抜いた。

淡く紫色に輝く刀身は持ち主に近づくにつれその濃度を増し、花のように繊細で美しかった。


「私の牙は無敵だ」


 遠慮無用の薙ぎ払いが、藤芝の持つ鞘に激突した。

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