元アウトロー

気の遠くなる時間の過ぎたあと、音無が誰となく呟いた。


「何よ……今の」


あえて感情で表現するならば、『畏怖』が当てはまるか。

刀剣はもとより人を傷つけ時に殺める武器の象徴、それを恐れるのは特段おかしくもないだろう。

だが藤芝の刀は、そんな人間が刃物を本能的に怖がる感情の到達点だ。


心臓を掴まれる感覚というのがどれほど恐ろしいものか。


「これが噂に聞いた妖刀、流石の効力だな」

「……効きすぎて持ち主にも悪影響を及ぼすのが、この牙最大の欠点ですけれどもね」


藤芝の牙の能力は至極単純かつ強力なもので、『刀を見た生物にあらゆる負の感情を強制する』らしい。

怒りや恐怖、哀絶、恨みや妬み、それらが等しく脳を揺さぶる。


「以前、実験用マウスを使って試したのですが、大体10分もすると呼吸困難に陥って死にます。 無機物の精密機器だって、軽い接触不良や通信障害を引き起こすことが可能です」

「すげえな……俺が見てきた牙の中でもトップクラスに凶悪だ」

「やっぱり元から武器の形してる牙ってのは強いんだよな、羨ましい限りだね全く」


しばらく刀の話題でひと盛り上がりしたあと、藤芝と木戸が帰ろうと腰を上げた時だった。


車の激しい衝突音が、すぐ側の道路から聞こえた。


「びっくりした。 事故ですかね?」


そんな加茂の憶測を否定して、卜部が言った。


「の割に、ブレーキ音は聞こえなかったね。 藤芝、もしかして車で来た?」

「えぇ。 まだ業務時間ですので、社用車に」

「逃走手段を潰したってところか。 そろそろ爆発が起きるぜ?」


卜部の言葉通り、少し後に爆発音が響いて室内を揺らす。

瓦礫が雹のように外壁を襲った。


「木戸、先行頼んだよ。 ベランダから降りれるはずだ。 殿は藤芝、任せられる?」


2人とも頷きのみで返答し牙を構えた。


ベランダと言っても換気扇だけで半分を占領する窮屈なものだが、1人づつ降りていけば十分な空間だ。

木戸、音無、加ヶ峰、卜部が順番に降りていって、残りは加茂と藤芝になった。


「加茂君」藤芝が呼び止めた。


「敵の狙いは多分、僕と君だ」

「? ……どうしてですか?」

「まず移動手段を消す行動だが、違和感がある。 僕達は牙を持ってるから逃げるより迎撃に転じた方がいい。 それは相手も分かりきっているはず、なのにわざわざ車を破壊する必要があった」


つまり相手を逃がさない為ではなく、”自分たちを追跡させない為”に車を破壊したのだ。


「これから起こること、君なら分かってくれると思う――――だから」


そう言い残して、藤芝康平は姿を消した。

横断歩道での八重原鈴音と同様に、あらゆる痕跡を残すことなく、世界から存在が消えてしまったように。


次点、加茂の周囲の景色があたかもスライドショーの如く転換した。

否、加茂が事務所から一瞬で移動したのである。


 地面にはコンクリートの破片が転がっていて、すべての窓にはポッカリと穴が空いている。

カビがこびりついた壁を見て、加茂は廃工場のような場所に来たのだと把握する。


「やあ加茂修一。 人伝に聞いてるだろうが、私が羽山教幹部のトエルブだ。 以後よろしく」


紺のスーツに薄気味悪い笑顔、音無から聞いた通りの容姿と声。

トエルブに違いない。

青い牙を装着しながら……そう、思った。


「人を任意の場所に移動させる能力。 それがお前の牙か」

「三角ってところかな。 根本的な部分を勘違いしているよ」

「目的はなんだ」

「質問が多いね。 君は。 大人しく牙を見せればそれでいいのに、わかるかい? 君の態度次第で骨が何本残るか決まるんだよ」

「俺の骨はお前の自尊心よりよっぽど硬いぞ」


やってみろ、と軽く挑戦的に手招きをした。


牙の蒼い煙が発生する間は気分が高揚し、何にも負けないという過剰なまでの自信と腕力が溢れ出てくる。

もう、誰にも負ける気がしなかった。


「Fangsの新顔にしては偉く横柄じゃないか」

「そりゃあ、牙の世界は実力主義だって教えられたからな」

「間違いないね」

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