セントラルビル潜入②

「あの……名前、なんて言うんですか」


通話開始から5分程。

こちらに走りよってきた竜崎にそんなことを質問された。


加茂と名乗るべきか、それとも潜入時の無理のある親子設定を遵守して卜部と名乗るべきか。

しばし逡巡した後、別に苗字が違ったとて妻氏婚とでも言っておけば大丈夫だろうと、加茂修一を名乗った。


「かもしゅういちさんだって。 ……え?」


驚いた顔でスマートフォンを加茂の眼前へ差し出す…………変われと?

嫌な予感がする。


「――もしもし?」

「どうも、”妹”が現在進行形でお世話になってるようで、……お巡りさん?」


何か、得体の知れない冷風が背筋を駆け抜けた。

八重原だ。

確実に、あの懐中時計女で間違いない。


「は……はは……ど、どうも……」

「今からそっちに最優先で向かうので、どうぞ気長にお待ちくださいね」


切られた。

あいつが最優先と言ったらもう、彼女を止める障害物など存在しえないのだろう。

あれはそういう能力だ。


「卜部さん……潜入作戦、中止しましょう」

「なんで?」

「僕ら、とんでもない地雷を踏み抜いたみたいで……今エイスがこちらに全速力で向かってます」

「んー? ま、人もいるし戦闘にはならんでしょ。 情報を集めるだけ集めて帰ろう」


八重原が駆けつけるまで、おおよそ10分もかからなかったか。

エレベーターから出てきた彼女はロボットのように加茂を照準へ捉えると、微笑みながら競歩の速度で迫ってきた。


「加茂修一さんに卜部美奈さん、妹に何の用です?」

「んや、座談会の案内をしてもらおうと思ったんだけどね、その必要はなくなったらしい。 須藤癒乃って、どこいるか知ってる?」


既に座談会の開始時刻は過ぎていた。


八重原は少し悩んで、上着の下から懐中時計を取り出した。


「5分だけ、質問に答えてあげる。 もちろん答えられる範囲でね。 ……卜部美奈はここの14階、特設の居住スペースに居る。 今もこれからも解放する予定は無いけど、身の安全は保証する」

「目的はなんだ?」

「彼女の牙が必要なの。 どんな能力で何に使うのかはトエルブたちしか知らない」

「昨日、俺と加ヶ峰を襲った狙撃手も幹部なのか?」

「そうよ。 ファースト、幹部8人の内1人」

「構成は?」

「発足当初は12人いた。 セカンド、サード、フォースの3人は死んだか辞めたかで欠員が出てる」


つまり残りは1、5、6、7、8、9、10、12、そして羽山宗王の9人だ。

その中でもファースト、エイス、トエルブは顔や能力が割れている。

Fangsのメンバー5人でも数的不利だ。


「次、私ねー。 単刀直入に言うけど、羽山宗王ってのは本当に存在してんの?」

「……いる。 確実にね」

「じゃあ、性別は?」

「言えない」

「知らないんじゃなくて?」


卜部の質問は加茂と違って、予め知り得た情報を確認するようなニュアンスを含みつつ、尋問の様相を呈していた。

八重原は返答に困った顔で「……言えない」と言い直すが、卜部の質問が核心をついているものであったことは誰の目から見ても明らかだった。


「……5分経ちました。 質疑応答はこれで終わりです」

「ちょっと、待ってくれ」


帰りのエレベーターのボタンを押しかけた2人を引き留め加茂が言った。


「なんでそんなこと、わざわざ教えてくれるんだ? ……利点がないだろう」

「借りを返しただけよ」

「借り……? ……あぁ、あれか」

「だから次、貴方達が余計なことをすれば本気で潰す。 私と紗百合がね」


羽山教本部、別名赤羽セントラルビル。

潜入作戦はどちらかと言うと成功に終わった。

唯一の懸念点はあの姉妹に見つかって脅しをかけられたことだが、それも気にならないほど有益な情報を数多く得られた。


「加茂クン、あーゆーのは案外脈アリかもしれないぜ?」

「今の殺伐とした会話のどこに恋心が見えたんですか」

「ツンデレってやつさ。 1組織に1人、ツンデレ少女の時代が来てるのかもな……」

「エイスも音無も、デレが垣間見えた瞬間なんて一時もないですよ」

「キミが知らないだけで、あれは5%くらいミルクの入ったコーヒーだよ。 甘さに気づけるかは、飲んでみないと分からない。 香りを嗅ぐだけじゃダメってことさ」


事務所に戻ると、普段は居ない木戸が訪れていて、Fangsそろい踏みだった。


「木戸。 今日はまた、どしたの?」卜部が聞いた。

「ここ最近、物騒だろ。 それで公安の藤芝が牙を持ってくるって話じゃないか。 収集家として是非見てみたいと思ってな」


藤芝さん、彼は確か公安一課の警部で主に加ヶ峰をサポートする、縁の下の力持ち的人物だ。


「藤芝さんって、牙を持ってたんですか」

「うん。 あれも元は君と同じ、『取り締まられる側』だった。 ちょっと気軽には使えない能力なんで、京都支部の知り合いに預けてもらってたんだ。 でも、そうも言ってられない状況だからね」


電話を受けて加ヶ峰が事務所を出た。

藤芝が到着した合図だ。


しばらくして、スーツ姿に日本刀を差した藤芝が姿を見せる。


「どうも」

「様になってんねぇ」

「剣道やってますから。 あの時よりはマシに扱えるかと」


これが藤芝の牙。

黒の漆喰を基調として金の装飾が派手な鞘だが、肝心の刀身の方はどうなのだろう。


「木戸が見たいらしいぜ、あれ」

「……自分の汚点を見せびらかしているようで、好きではないんですがね。 ……気分を損ねたくなければ、外に出ておいてください」


事務所の扉を開けたものは誰一人居なかった。

皆がその刀身を一目見るために息を殺して身構えていた。


「では」


それは刀と呼ぶにはあまりに異質で、美しさが欠如したものだった。

刀身が丸々、SF作品で散見されるビームサーベルのように紫の光を帯びて輝いていた。

何故だか目を逸らしたくなるような醜い光で、軽い貧血症状を起こす。


「相変わらず……おっかない牙だね」

「えぇ。 これで刀として使わねばならないのだから、余計タチが悪い」


数えてはないが、1分ほど見ていただろうか。

藤芝が刀をしまって暫くは鳥肌が治まらず、卜部と藤芝以外の皆は口をきけなかった。

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