セントラルビル潜入

「――――あれ強すぎ。 クールタイム0でポンポン瞬間移動されちゃ捕まえようないわよ」

「どんな牙にも条件やリスクは必ずある、それを見つけるのが俺らの仕事なんだから地道に行くしかないだろ」

「でももう癒乃が居ないんじゃあ、トエルブが俺らに関わる必要性なくないですか?」

「ま、そこが今回の会議の課題って所さ。 加茂クン」


 加茂、加ヶ峰、音無、卜部の4人はひとつの卓を囲んで各々真剣な面持ちを見せていた。

理由は2つあり、癒乃が誘拐されて非常に不利な状況であること。

そしてもう1つは、4人の間で絶対に負けられない戦いが始まっているからだ。


「あ、ツモ」


 音無が手牌を倒してそう宣言した。


「ツモォ? ドラも平和もないし、断幺九だけじゃねぇか」


 3週目辺りから速攻でリーチかけてきたと思ったらこれかよ。

と加茂が訝しげに点を数えようとすると、彼女はうっすら笑って裏ドラ表示牌に手をかけた。


「裏ドラ3翻で7700点ね」

「は?」

「アンタが馬鹿みたいに鳴くのが悪いのよ」


 2週目に俺がカンで鳴いて……3週目に音無がリーチだぞ?

王牌の中が定まってきた終盤ならまだしも……そんな最序盤の読みが通るわけねぇだろっ!


「イッ……イカサマだっ! こんな偶然あってたまるか!」


 半荘のビリが事務所の掃除をするという、加茂が加入する前からの伝統行事だったらしい世紀の一戦。

何故か満貫以上で上がりまくる卜部と異様に放銃しない加ヶ峰が上位を動かない中、オーラスの局面で加茂がイチャモンをつけるのも無理はなかった。


「イカサマってのは種まで見抜いて初めて不正なの。 私がどうやって裏を特定したか話してみなさいよ」


 4人の牙は、事前に集めてソファの上に置いてある。

ゲームを通して王牌に触れたのはカンをした俺だけだし……。


「ガッ……ガン牌だろ! 細かい傷や模様を覚えてたんだ!」

「じゃあ私の勝ちね。 立証しようがないもの」


 結果は音無の逆転勝ちで終局となった。

最下位の加茂が事務所内をくまなく掃除しきった頃には日を跨いでおり、本線の議論にも熱がこもりつつあった。


「歩道橋の後始末は牙対に任せてるって、心配すんな。 ……それより一番の課題はトエルブだろう。 何か接触の手立てはあるのか?」

「ないねー。 エイスと狙撃手の足取りも掴めてないし。 加えて牙対の上層部がこの件をもみ消しにかかってるのも向かい風になってる。 厳しいね」


 その肝心の癒乃だが、彼女自身、まだ状況を把握出来ていない面があった。

音無・加ヶ峰の訪問時には疑いなくトエルブを招き入れていたと聞くし、少し唆されれば牙を振るうのに抵抗はないだろう。


「俺、羽山教って聞いたこともないんですけど、どんな宗教なんですか?」


 卓上の飴を手に取って、加茂は尋ねた。


「2年前に発足した新興宗教で、創設者は羽山宗王はやまそうおう。 神の存在を否定した上で信仰を一種の救済法とし他のあらゆる宗教形態との共存を唄う――ま、一言で表すなら『胡散臭い』奴らだね」


 最も、そんな変な活動してるせいで他の新興宗教からは総スカンくらってるけどね。

と卜部が棚のバインダーを引っ張り出す。


「ハンバーガーショップのサイドメニューみたいなもんさ。 三大宗教のついでに羽山教もどうですか、って。 そんな低姿勢で資金繰りがどうなってんのか不思議だよホント」


 羽山教の活動域は中四国地方で、中でも四国の東――つまり卜部探偵事務所のある赤羽市を拠点として布教活動を行っているのだとか。


 特に牙に直接関与する組織では無いので、牙対もFangsも様子を見るに留めていたそうだが……。


「向こうが牙を持ってるってなら話は別だ。 私達には捜査を行う権利がある」


 こうして、卜部美奈発案の須藤癒乃奪還作戦が始まった。

内容は簡素なもので、以下の通りだ。


「どーもどーも。 先週に連絡した卜部でーす」

「卜部美奈さんですね。 そちらは?」

「息子の修一。 本日の座談会に行くことを話したらどうしてもと言うことでー。 迷惑にはなりませんから、ダメですかね?」

「いえいえ、私共と致しましても歓迎します。 羽山様の素晴らしさを広く伝えるために、人数は多いに越したことはないですから」


 2人は一礼し、受付を離れた。


「どうよ、私の作戦!」

「宗教講演後の座談会に参加して本部に潜入……ですか」


 加茂と卜部は受付の女性に渡されたパンフレットを頼りに、建物内を歩いていった。

すれ違う人々の服装はまちまちで、羽山教本部の外装・内装に特徴がある訳でもない。

新宗教特有の胡散臭さと日常と変わらない風景が同居している感覚は、やはり気分を悪くする。


「講演、ちゃんと聞いてた?」

「まるで頭に入ってきませんでした」

「だよねぇ。 座談会どうすっかなぁ」


 そもそも教祖の羽山宗王が顔出しNGってどういうことだ。

信仰の対象が不明瞭なら偶像崇拝もいい所だし、他の宗教から嫌われてるのも当たり前だろ。


「お、あそこにとっつきやすそうな女子高生はっけーん。 声かけようぜ」


 卜部に声をかけられて振り返った人物は、ローズ学園の制服を着た黒髪の少女だった。

その顔立ちや声色を聞いて、加茂はギクリと驚いた。

つい昨日に遭遇したエイス――八重原のものとあまりに酷似しすぎており、髪の色以外にさしたる違いが見られない。


「ちょ……ちょっと待ってくださいよ卜部さん……!」

「ん? どしたの?」


 止めてももう後の祭りで、少女はこちらの次の言葉を待っている。


 しかし、少女のうつむき加減で左右に泳ぐ視線を見ていると、だんだん八重原とは瓜二つの別人なのでは、と思えてきた。


「あの……失礼ですがお名前は……」

「……竜崎……紗百合ですけど」



 違っ……た。

別人だ。


「なに、タイプだった?」

「違いますよ! 知り合いに顔が似てただけです!」


 竜崎はキョトンとした顔で2人のやり取りを眺めていた。

初対面の年上の男にいきなりタイプじゃないと言われて、確実にいい気はしないだろう。


「いや……なんか、ごめん。 俺たち、座談会に来るの初めてでさ。 勝手がわかんなくて困ってるんだ」

「座談会……ですか? 私はちょっと興味なくて……」


 興味ないのに……なんで本部にいるんだ?


「あ、でも、お姉ちゃんなら分かるかも」

「お姉ちゃん……?」

「ちょっと待っててください。 ここに居るはずなので、電話すればすぐ来ますよ」


 竜崎は逃げるように受付の隅の自販機へ移動して、こちらからは聞こえない声で通話を始めた。


「ナンパ失敗だね」

「もう……卜部さんは黙っててください……」

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