セントラルビル近郊②
狙撃手が狙うポイントは目的によって様々だ。
当てたいだけなら胴体を狙うし、武器を壊して無力化だってする。
じゃあ、殺したい時は? と、加ヶ峰が聞いた。
2年前、小さなカフェで木戸は頭を指差すとこう語った。
「脳幹だよ。 頭のど真ん中、死にたくないなら頭を守れ」
当時は知識の一つとして流していた。
それが今役に立つとは。
「っぶねー……」
加ヶ峰の頭部を目掛けて放たれた凶弾は、その眼前で静止している。
歩道橋からでは八重原の合図に気づくことは出来なかったが、打たれる寸前、夕日の浅い斜陽にスコープが反射して加ヶ峰の目にかかったのだ。
気づいてすぐに牙で頭部を防御し、間一髪で間に合った。
「北東の方角……どこのビルだ?」
セントラルビルの周辺は最近の建設ラッシュの影響を受け至る所に直方体が乱立しており、加ヶ峰を助けた夕焼けももう沈みきってしまった。
(2発目を待つか……いや、そもそもトエルブが使った転送能力があればポイントは変え放題だ。 なら)
ここから狙い撃つ。
もう一方のナイフを握ると、互いをかち合わせて金属音と火花を散らした。
加ヶ峰のナイフは「動と静」をそれぞれが司る、ふたつでひとつの発明品だ。
切れ味はホームセンターで買えるような普及品と遜色ないが、それぞれには現代科学を遥かに凌駕する異能がある。
右手に握るナイフは物の運動を止め、人物ならば五体の範囲で感覚を寸断する。
そして左のナイフ、これは止めた物が本来消費するはずだった運動エネルギーを自由なベクトルで放出できる牙なのだ。
これを使えば止めた弾丸をそっくりそのまま狙撃手へお見舞することも可能になる。
「スコープって事は常に見られてるな……連絡は……駄目だ、卜部は電話出ねぇし、藤芝はまだ戦力にならない」
向こうの目的を鑑みればこちらに人手を回すより、須藤癒乃の守護に務めるのが当然だろう。
むしろ木戸を署へ向かわせた方がいいまである。
時間にしてたった数秒の思考の後、加ヶ峰が電話をかけたのは加茂修一だった。
「加茂! そっちはどうなってる!?」
「良かった生きてたのか……! こっちは交戦中だけど、多分目的は足止めだ! 最高戦力は署に向かったと考えた方がいいんじゃないか!?」
加茂の指摘は至極真っ当なもので、今確認できた2人の敵を幹部総数と差し引いても残りは6人、署の防衛組との戦力差が激しいのは明白だ。
「うわっ!?」
加茂の驚いた声とノイズが重なり、通話が終了する。
早く加勢に行かなければ危なそうだと、加ヶ峰は気を引き締めて立ち上がった。
加ヶ峰が止めた弾丸はライフル銃に合う大型弾で、数字は12.7ミリ弾、口径にしてなんと50。
体のどこかを掠っただけでも死に至らしめる威力はある。
「一発目から60秒、俺ならここらで……」
一撃必殺の狙撃が当たらなかった上着弾すらしなかったのは、かなり驚いた筈だ。
直撃が通用しないなら、次に狙うのはきっと……。
加ヶ峰は意を決して、歩道橋から道路へ飛び降りる。
その5秒後、遠くから爆発音が響くと、歩道橋の半ばが吹き飛んで粉塵を撒き散らした。
やっぱり足場を潰しに来たか。
読める。
加ヶ峰の勝ちへの確信がより固まるとともに、止まらない意識の躍動が、あるビルの屋上に人影を捉えた。
(風向きはさっきから変化なしだ、銃弾のベクトルを真逆に変えてやれば狙撃手まで真っ直ぐに飛んでいく!)
銃弾、弓矢、火炎放射や電撃に至るまで、あらゆる投擲物との戦いを想定した訓練を行ってきた。
それが今、役立つ時が来たのだ。
頭を狙うか? それとも、また足場を崩すか?
どこに飛んでこようと、加ヶ峰には弾丸を止められる絶対的な自信があった。
スポーツ全般によく見られる「流れ」のように、狙撃手と加ヶ峰の間にはもう勝敗は決したと思わせる追い風が、地上の男の背中に吹いていた。
(50口径の特大弾を跳ね返すんだ、身元確認できなくなる位は覚悟しとくんだな……)
加ヶ峰は静の短剣を構えると、来る轟音に備えて精神を研ぎ澄ました。
刹那の瞑想が済むと、ゆっくり次の着弾点を予測し始める。
瞬間、加ヶ峰の脳裏に一点の迷いが浮かび上がった。
その迷いは服にこぼれたコーヒーのシミのようで、拭えば拭うほどに醜く広がり心を埋める不安感があった。
まさか。
逡巡の間もなく、加ヶ峰は走り出した。
数分前に同僚を送り出した、件の横断歩道へと。
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