onAir
「ここ、加茂クンの部屋ね。 ライフラインは通ってるし、今ある家具は全部備え付きだから」
「凄いですね、ほとんど新品じゃないですか」
探偵事務所のある雑居ビルの3階は住居になっており、部屋は全部で4つあった。
そのうち階段から一番遠い角部屋が加茂にあてがわれ、現在は内見中という訳だ。
「元は壁の無い大きな空きフロアだったんだがな、楓の加入を機にリフォームしたのさ。 家具はどうせ買うなら4部屋いっぺんに発注した方がいいだろ?」
ふかふかのカーペットの上を行ったり来たりして落ち着きの無い様子で卜部は話した。
初めて会った時からそうだが、卜部は常にお調子者気質というか、悪く言うと探偵に思えないほど人柄が明るいのだ。
加茂とも友人のような態度で接してくるうえ、Fangsの仕事が想像より高待遇なので、緊張感が薄れてやまない。
「加茂クン、両親は家に居ないんだろ?」
「えぇ。 今は海外に」
「……今更ではあるんだが、君の両親とバイト先にはもう連絡がいってる。 元々住んでたマンションは親名義だったから同意を得て来月引き払うことになってるし、バイトも即日退職で合意が得られた」
加茂は心の中でそんなことだろうと思った、と呟いた。
たまに顔を合わせればいつも手に職を持てとうるさかった両親だ、ちょっと都合のいいように説明すれば大手を振って加茂を送り出すに違いなかった。
「そーだ、 これから暇だろ? 少し出かけようか」
「何処に行くんです?」
「すぐ近く。 行けばわかるさ」
雑居ビルを出て徒歩で10分ほど。
昼前の街並みは喧騒で溢れており、クレーン車や重機の騒音で足音も聞こえない。
ここ一週間は街のどこを歩いてもそんな状態で、建設ラッシュ真っ只中だった。
到着したのは真新しい外観のカフェ。
ネットで検索しても口コミのひとつもついてないことから、よくある身内感でひっそりと営業しているタイプの店なのだろう。
「あれっ、今日定休日らしいですよ」
「だからこそだよ。 用があるのは店側じゃなく、店主の方」
卜部が扉を開けると、古く懐かしいドアチャイムの響きが耳を撫でた。
この音が鳴ると喫茶店に入った実感が湧く。
「来たか2人とも、いらっしゃい」
30代くらいの男がカウンターに立っていた。
棚の食器類を引っ張り出して、1つづつ丁寧に洗っている。
「こいつ、話始めると長いから、私から紹介。 彼は
世の中にある牙の数は少なくとも50万個ほど。
限られた数だが、木戸の保有する牙はなんと1000個以上にのぼるという。
日本の警察やFangsが押収した牙が2万個ほどだと卜部から聞いて、彼の凄さが初めてわかった。
牙を集めるということは、持ち主を敵に回すということと同義なのだ。
1つ得るだけでも音無や加ヶ峰のような化け物を相手にしなきゃならないのに、1000も集めた木戸の気が知れない。
「そんな事ないぞ。 牙が世に出て間もない頃は価値のわかってない奴らが多かったからな、今じゃ信じられないくらい安値で取引されてた。 たまたま目をつけたのが速かったってだけだ」
「それでも凄いですよ」
加茂は突如現れた『牙』という存在に魅了されていた。アニメや漫画でよく見る、世界の別の顔。
つまり裏世界と呼ばれる深い海の底のような未知数の界隈に好奇心を持ちつつあったのだ。
「それで? 俺は何をすればいい」
「楓の時と同じように、牙に関しての手ほどきを頼むよ。 私はここで待ってるから、終わったら電話してね」
ここで待つ? また移動するのか。
加茂が不思議に思っていると、木戸がついてこいと手招きして店の奥に案内された。
「加茂、で合ってるよな。 牙について、どの程度知識があるんだ?」
「桜って人が作った発明品な事と……牙の取り締まりを専門にした組織がある……ってくらいしか」
「そうか、じゃあ、牙がどのくらい価値のあるものかは知ってるか?」
「いや……そこまでは」
暗がりで木戸が何かの操作盤を動かす。
青く光って電源がオンになったことを示すと、軽い振動とともに床が開いた。
それは地下への入口のようで、赤い電飾が不気味に光って不安感を煽っていた。
「割とハイテクな地下室が作れちゃうくらいには値打ちのある代物なんだぜ、牙ってのは」
壁は無機質なコンクリート、照明はイルミネーションでよく見るライトが張られた通路を進むと、光景は一転して明るく広い空間に出た。
「すご……広いですね」
「一般的な25mプールの水が丸々1杯入る広さだ。 メカニックな地下室は男の浪漫――いや、言ってる場合じゃないな……卜部に急かされない内に説明を始めるか」
木戸は左右のポケットから、それぞれペンとハンコを取り出した。
「これらは俺が昔に買取ったコレクションの一部で、2つとも見た目とは違って特別な能力のある代物だ。 ちょっと見てろ」
壁に貼ってある的に向かって牙を振った。
だが木戸が何度繰り返そうと、ペンはうんともすんとも言わず、ハンコも同様だ。
「――見ての通りだ、俺は既に牙を所持してるから、このペンの能力を使用することは出来ない。 ”牙は1人1つ”、これは決して崩れることない牙の三大原則の1つだ」
「三大原則?」
「”牙は
成程。 1人1つというのは、特定の個人が力を持ちすぎないようにするため製作者が施した対策という訳だ。
ただ残りの2つはよく分からない。 永久不変……?
「お前、このペンが折れるか?」
「え? 価値のあるものなんですよ、折れるわけないじゃないですか」
「いいからいいから。 もし折れたらこっちのハンコをくれてやるよ」
言われるがまま、加茂は両手に力を込めた。
ペンなんて軽く一捻りだと――そう思っていたのだが、これが中々どうして硬いのだ。
普通折れはしなくとも棒状の物質、軋みはする筈だ。
外見、手触りはどう見てもただのボールペンなのに、硬度だけが異常なのは不自然で、なんだか気持ち悪い。
「これが永久不変と言われる所以だ。 ハンマーで叩いても火山に突っ込んでも、宇宙に放り出したって傷1つつかない。 不思議だろ?」
「不思議というか……これはもうオーパーツの類なんじゃ……」
それもそうかもな、と木戸が無精髭を撫でながら大きく笑った。
「それじゃあラストは代償必然、これを確かめる方法はたった1つしかない」
「……牙を使うってことですか」
「大当たり」
木戸が構えた。
加茂も青い牙を咥えて戦闘準備に入る。
「遠慮すんなよ、ここならどれだけ暴れたって上には響かないからな」
「そんなの言われなくたって……」
全身が大きく震えると、どこまでも走れるような気がする程に気分が高揚する。
口元から零れる蒼い吐息は使用時の合図なのだと、この時初めて気づいた。
「分かってる!」
今だけは牙の全能感に身を預け、目標目掛けて地面を蹴った。
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