Fangs④


 事務所への帰り道、加茂は2人から様々なことを聞いた。


 まず加茂を襲った男の名前は加ヶ峰峯也かがみねみねや

卜部探偵事務所の一員で、彼女とは古くからの知り合いらしい。

加ヶ峰の持つナイフについても言及したが、そういうのはなるべく隠しておくものだとはぐらかされてしまった。


 音無、卜部、そして加ヶ峰。

この3人は卜部探偵事務所に所属する他に共通点が2つある。

全員が牙を所持していることと、『Fangs』と呼ばれる機関に属していることだ。


 世の中に何万とある世紀の発明品、牙の取り締まりを専門とした非正規組織。

それがFangsだ。

内容はまるで不発弾処理をする陸軍兵のように果てしないもので、牙の収集とそれを行使し法を犯した人間を拘束するのが仕事だという。


「今まで……そうだな……500人くらい?」

「全然違う、273人だ。 そもそもの始まりが5年前、俺と卜部の2人で創立したから、大体1週間に1人は牙に関わった逮捕者が出てる計算になる」


 それでもまだまだ終わりは見えないらしい。


「日本全国、40箇所以上にFangsは配置されてる。 俺達は小さな支部のひとつって訳だな」


 そしてあの夜、加茂が拾った青の牙。

これも桜の発明品らしく、詳しい性能は不明だが身体能力が向上する性質を持つのは確実のようだ。


 以上が牙に関しての重要事項、加茂が知った情報だった。


「ただーいま!」


 卜部が声を大きく張り上げて事務所の扉を開けた。

テンションが高いのは酔っていてもいなくても平常運転らしい。


 やけに高い背もたれのついた洋風の椅子に、音無楓が座っていた。


「一人数が多いと思ったら加ヶ峰じゃない。 3ヶ月ぶりかしら」

「そのくらいだな。 仕事はまだ終わってないが、事務所の節目に席を外すのも良くないだろうし帰ってきた」


 しばらく3人で話し合っているのを眺めながら、加茂はこれからについて、ふと疑問を持った。


「あの、それで僕はどうなるんですか」

「ん? 楓から聞いてないの?」


 そういえば屋上で何か言ってたはずだが、あまり記憶が定かではない。

試験がどうとか言ってたっけか……?


「見ての通り、Fangsってのは常に人手不足が悩みの種だ。 業界自体が閉鎖的なうえ、頭数が大事な仕事だからね。 来るものは拒まず、ってスタンスを貫いてる」


 牙の知名度は日本人口の0.01%程で、これは下手なマイナースポーツの競技人口より少ない。


「つまり、ヘッドハンティングってことさ。 加茂クン」

「ヘッド……ハンティング?」


「スカウトって言えよ飲んだくれ」


 加ヶ峰が小型の冷蔵庫を漁りつつ指摘した。


「大体で意味があってればどっちでもいいんだよ! ……ま、とにかくそういう事だから宜しく加茂クン」


「俺からもよろしくな。 普段事務所には出入りしてないが街には居るから、連絡をくれれば駆けつけるぞ」


「……正直全く乗り気じゃないけど、私からも。 よろしくね」


 嫌な予感がした。

何か、これからの加茂の人生を大きく左右するような重大な決定がなされようとしている。

それも自分の意思に微塵も基づいてない、命令のような決定だ。


 念の為、気づいていないフリをして質問してみる。


「スカウトって……何に?」


 すると卜部がキョトンとして答えた。


「Fangsだよ、Fangs。 牙緊急対策特別捜査用部隊」


 いや、いやいやと。

形だけの否定は意味をなさなかった。

音無楓が哀れみの表情で、まるで体験談を語るように逃げ場がないことを宣告したからだ。


「アンタ、私に捕まる前に警察に追われてたでしょ」

「そう……だが……」

「そこの酒飲み所長と公安警察はグルなのよ。 お互い牙に関する情報は包み隠さず共有しあって連携を取ってるの」

「……つまり?」

「ここでアンタが断ると、警察に引き渡さなきゃならない――要するに拒否権はないってコト」


 最悪だ。

減刑を餌に捜査協力を求めるとかの次元じゃないぞ。

捕まりたくなきゃここで一生働けなんてヘルオアヘルもいいとこだ。


「大丈夫だって、加茂クンが思ってるよりずっと暇だぜ?  この仕事」

「僕、バイトあるんですけど」

「それは……情報隠匿の関係で辞めてもらう事になるね」

「えぇ……」


 まだ仕事内容も聞いていないのにマイナスイメージが凄まじい。

加茂は『Fangs』という得体の知れない集団に、益々不信感を募らせていくのだった。

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