Fangs③
「世界一の天才が何万もある発明品をばらまいた。 ……その話を信じるとして、卜部さんはなんでそんなことを知ってるんです?」
口をついて出たいちゃもんに近い言葉だったが、加茂は自身の発言に心の中で賛同した。
一介の探偵が認知している事象をマスコミが調べないはずがないだろう。
「ごもっともな意見だけど、残念ながら前提が間違ってると思うね。 私は探偵業で飯食ってる訳じゃないんだよ」
「あれ? 卜部さん、ここの所長じゃないんですか?」
「一応の立場としては合ってるけど、本職は別ね」
卜部の胸元には不思議な模様のピンバッジが輝いていた。
それが例の本職を示すものかは分からないが、彼女に別の顔があるのは確かなようだ。
「じゃあ、さっきの質問に答える代わりにひとつ質問。 警察に追われていた君を誘拐してこんな突拍子もない話を聞かせた理由はなんでしょーか?」
彼女が懐から縄を取りだした。
今までずっと服の下に巻いてたのか……。
呆れると同時に、部屋の中へ浅い緊張が走る。
「大方、僕の拾った青い牙が目的ですかね」
「いいね。 こういう状況でふざけないやつは好印象だ」
「そんなやつ居ます?」
「知り合いに一人。 君と歳も近い」
使い道のなくなった縄を弄びながら卜部は笑った。
「残念だけどハズレ。 だけどいい応えが聞けたから、私の本職を教えてあげる」
「はあ」
「さあ着いてきな!」
連日の夜ふかしが祟って体調が悪い。
早朝15分の徒歩で、加茂の体は満身創痍だ。
途中で休憩を提案すると卜部に笑われた。
到着したのは古いアパート。
歩いてみて初めてわかったが、卜部探偵事務所の周辺にはビルが全くない。
遠目に見える街の中心・セントラルビルの大きさから推測するに、加茂が音無と対峙した屋上からゆうに5キロはありそうだ。
「よし、加茂君。 一階の道路に近い方の部屋あるだろ、ノックしてきてくれ」
「卜部さんは来ないんですか?」
「私はいいや。 えー……っとそうだな……出てきた相手に「牙を寄越せ」って言うのを忘れずにな」
牙と言うと、先程の話に出てきた発明品の事だろうか。
結局、質問の答えも聞けていないのに次から次へと真新しいものが押し寄せてきて困る。
「あぁなるほど、その発明品とやらを部屋の主が持っていて、それが存在証明になる訳ですね」
「ん……いや……まあそゆことだ。 じゃあ行ってこいっ!」
塀の上から顔を出して見守る卜部を流し目に、加茂はアパートの入口へ向かった。
ノックは2回。
出てきたのは金髪の男。
高校生かそれ以上、加茂と誤差2歳以内には入ってそうだ。
「誰だお前」
「加茂修一。 人に頼まれて牙を貰いに来た」
「あ?」
あの夜の自分を思い出しているようで非常に恥ずかしい。
話し方とか、声色とか。
多分、俺もこれくらい当たりが悪かったんだろう。
「誰に頼まれて……いや、誰に牙の事を聞いた」
「卜部美奈って人から聞いたけど。 俺はまだよく分かってな――――」
視界の端を何かが掠めた。
首を引いて上体を逸らして、初めてナイフが振られたのだと気づく。
――”アレ”をつけてなければ避けられなかった。
青く不敵に輝く牙。
外側に飛び出た犬歯を内から支え身体能力を向上させる、一種のマウスガードの役割を担う道具なのだと、――加茂は解釈した。
「何避けてんだよ、おい」
後方へ重心が傾いたところに安っぽい蹴りが炸裂する。
部屋が1階でよかった。
そうでなければ今頃、蹴りの衝撃で落下していたところだ。
「いや待て待て! 多分何か、重要な勘違いをしてると思う!」
「そっちからふっかけて来といてか?」
「はぁ!?」
だめだ、何か怒らせるようなことを言ってしまったのか、まるで話が通じない。
卜部の方を縋るように振り返るが、片腕だけ出してグッドサインをしている。
初めからこうなることが分かってて、自分だけ避難したみたいだ。
「それにその青いヤツ、すごく気になるぜ。 耐久テストが済むまでお前に拒否権と発言権は許されないぞ」
「待てっておい、話せばわかるって、なあ――――」
迫る男を両手で制しようとしたが右手が動かない。
見ると、親指の付け根辺りを浅い裂傷が走っている。
一撃目は先ほど躱したにも関わらず、だ。
「俺のナイフも少し特殊でな、全く同じ形のが二本ある。 長さも重さも、コンマの5個後ろくらいまで同じなんだと」
男のナイフを持った逆の腕、その袖から銀色の鈍い輝きが覗く。
おかしい、たかだか指を切ったくらいで……。
「その腕、動くか? 動かないよな。 指一本、1ミリも、微動だにしないはずだ」
即効性の神経毒か何か……?
「何をした」
「その調子じゃ、牙に関しちゃてんで素人なんだな」
ま、後で卜部のやつに聞けば分かることか。
そう言って男は2本のナイフを構えた。
瞬間、逃走一色だった加茂の思考にカウンターの文字が浮かぶ。
付けるだけで口調が荒ぶり闘争心を高ぶらせる青の牙、その影響を受けての考えなのだろうが、理解したところで抵抗する術もない。
(つまり……やるしかないってことだ)
「恨むならお前の弱っちい牙を恨むんだな」
来た。
袖に仕込んだ方のナイフを真っ直ぐ一突き、心臓を狙っている。
更に空いた右手も逆手に構えて準備万端。
だがやるしかない。
今の俺には、一矢報いることしか出来ないのだから。
吐く息の色が蒼く輝き、やがて空気に溶けて消えた。
「死ね」
当たればラッキーの言わば最後のあがき、その一撃が振り抜かれたが、ここで二つ、予想外の出来事が起きた。
一つは加茂自身の想定した以上にカウンターパンチが強すぎたことだ。
青い牙の影響を最大限に受けた攻撃が絶大な威力を持っていたことを知らず、玉砕覚悟で思い切り殴りかかってしまった。
そして二つ目は、交差する二人の腕の間に横槍が入ったこと。
文字通り細く長く、そして何より硬い槍がお互いの衝撃を難なく受け止めて見せたのだ。
「終了ー。 帰るぜお前たち」
縄だ。
彼女の腕から、縄が重力に反して真っ直ぐ伸びている。
さっき槍だと勘違いしたのは、これまた縄とは違い先端が鋭利に尖っているからだ。
「卜部」
「卜部さん」
驚いた顔でナイフと拳を引いて、二人がその名を呼んだ。
「危うく大事な社員を失うところだった」
不思議な縄だ、今度は蛇のようにぐにゃぐにゃ動いたと思ったら、また服の下に潜り込んで行った。
「あ? お前それ誰のこと言ってんだ」
「さあね。 ほら加茂君、立つんだ」
自然と右手が動いた事に、加茂は驚く。
そして男がナイフをケースに仕舞ったのを見て、ある程度の規則性を発見できた。
切ると動かなくなって仕舞うと治るのだ。
「話す前にどうしても、君のその牙がどんなものか見ておきたくてね。 それだけ重要事項だという事を理解して欲しい」
「いや、もうなんとなく分かりました。 貴方達がどういう人なのか、僕が何を拾ったのか」
きっと牙と呼ばれる発明品は、案外自分の近くにあるのかもしれない。
相手を切りつける道具だったり、縛ったり結んだり引っ張ったりする物だったり、口に装着するものだったり。 様々な形を持っているのだろう。
そして餅は餅屋、という言葉があるように、牙には牙の専門家がいたとして何も不思議じゃない。
「あぁ、概ねあってる。 ”牙を以て牙を制す”、それが私達の仕事だよ」
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