告白の返事

 ───それからしばらく雨の打ち付ける音を聞いていると、エイフィアの嗚咽が消えていった。

 コーヒーを「苦い」と口にしながらもその顔には微笑が浮かんでおり、なんだか和んだ空気が流れていた。


 今のエイフィアの顔を見れば悩んでいたことが解決できたと見ていいと思う。

 僕が心配してしまうような顔は既に見られなかったから。


「そういえば、まだ肝心なことを聞いていなかったんだよ」


 僕もカウンターにある椅子に座りながら、一緒にコーヒーを飲む。

 そして───


「私の告白の返事は?」

「ぶほっ!?」


 思い切り吹き出した。


「げふっ、ごほ……何言ってるの!?」

「いや、そこって結構重要だと思うんだよ」


 エイフィアが懐から布巾を取り出して渡してくれた。

 ありがたいけど、さっきの雨でびしょ濡れだった。

 どうして手に取った時に気がつかなかったのか?


「私はタクトくんの話を聞いてこの気持ちを「我慢しなくてもいいんだ」って思ったよ。だから、その返事ぐらいは聞きたいなー」

「ぬぐ……それを言われると何も言えないっ!」


 確かに、僕はそんな感じのことを言った。

 正確に言えば僕が死んでも辛い思いをしないように思い出を残すっていうことだけど、辛い思いをしなくて済むなら我慢をする必要はない。

 それに───


「後悔のないようにするんだったら、私はタクトくんと関係になりたいかなー? 恋人らしいこともいっぱいして、結婚して、幸せな家庭を築きたい!」

直球ストレートな物言いに反応がし難い僕です」

「あと、思い出を残してくれるなら子供がほしい! やっぱり、他のものよりも子供の方が思い出としては強いと思うんだー」

「その発言こそ僕は反応がし難い!」


 子供、というワードに思わず赤面してしまう。

 何せ、子供を作るということはつまり行為をするということだ。

 性欲旺盛な思春期男子であれば、それは望ましいことだし、相手から求めてきているのであればなお喜ばしいことだろう。


 だけど、前提が僕でなければだ。


「勘弁してよ……僕、女性との経験が皆無なんだ」


 正直、そうい話に対して免疫がなく、堂々と胸張って「じゃあ、今からベッド行く?」なんて言えるほど、僕はパーリーピーポーにじゃないんだ。

 情けない話だけど、いや本当に情けない話なんだけども!


「ふふっ、冗談だよ。ううん、冗談じゃないんだけど……発言の責任を取らせて付き合うのもなんか違うと思うし、これ以上は言わないよ」

「……助かります」


 頬を赤くした僕は肩を落とす。

 色々あったけど、一つ落ち着いてしまったらその話に意識が集中してしまう。


「まぁ、発言の責任抜きにしても返事は聞きたいなーとは思うけどね? 言ったことに後悔したくないから」

「…………」


 僕は大きく一度深呼吸をする。

 言おうか言うまいか悩んだ。けど、言わなきゃいけないっていうのは受けた側の責務だと思うし、そこまで情けない男にはなりたくなかった。


 だから僕は覚悟を決めて、ゆっくりと口を動かした。


「正直な話を言えば……エイフィアに対する答えは「ごめん」って感じになる」

「ッ!? そ、そっかぁ……」


 僕が口にすると、エイフィアは明らかにショックを受けたような顔を見せた。

 瞳に陰りが浮かび、明るく見せた笑顔が消えている。


「……でも、それは単純に「僕が今まで女の子に告白されたことがなかったから」っていうのが大きいんだ」


 単純な話、戸惑っているだけ。

 女性経験皆無な僕は今まで一度も異性に好意を寄せられたことがない。

 だからこそ、初めて向けられたことに戸惑ってる。

 それも相手がこんなにも可愛いエイフィアだ。家族と思っていて、姉だと思っていた相手からの告白だから、余計に戸惑いが大きい。


「今すぐに答えろって言われたら「ごめん」ってなる。気持ちは嬉しいし、男としてエイフィアみたいな可愛い女の子に告白されたらおーけーもしたくなる。でも、こんな半端な気持ちでエイフィアとは付き合いたくない。かといって、僕の気持ちの整理がつくまで……っていうのは、不誠実だと思うから」


 言葉が徐々にしりすぼみになっていく。

 エイフィアのことは大事にしたい。大切だとも思っている。

 だからこそ、半端な気持ちで付き合ったりキープするような真似だけは絶対にしたくない。

 嬉しいけど、返事を出すなら僕は断る方を選ぶ。


「それは、私のことを好きじゃないから……ってわけじゃないよね?」

「もちろん、エイフィアのことは好きだよ。でもそれが異性としてと言われたら……正直よく分からない」

「そっか……」


 情けないことを言っている恥ずかしさと、罪悪感が胸に込み上げてくる。

 エイフィアの目が見られなくて、思わず逸らしてしまった。

 だけど───


「そっか! うん、ならよしっ!」


 エイフィアが唐突に、元気いっぱいにそう口にした。

 僕は予想外の反応に、思わず固まってしまう。


「……え?」

「だって、今の発言は「私を異性として好きになってくれる可能性もある」ってことでしょ? なら諦めることもしなくていいと思うんだよ! アピールしていけば、傾いてくれるかもしれないからね!」


 断ったのにもかかわらず、前向きな言葉。

 胸を張り、挑発めいた笑みを向けられ、僕の中で混乱が強くなっていく。

 だけど、それはなんだかエイフィアらしいなとも思えてきて、罪悪感を感じていた僕に笑みが浮かんだ。


「ふっ……僕はそんな安い男じゃないからね! やれるもんならやってみなさい!」

「言ったな、タクトくん? こんなに可愛い子からのアピールに、果たしてタクトくんが耐えられるかなぁ〜? 私、こう見えてもかなりお得だよ? タクトくんが歳取っても、ピチピチの可愛い私のままだからね!」

「負けたら、大人しくエイフィアに捕まるよ。煮るなり焼くなり好きにすればいいさ!」

「じゃあ、一生愛してもらう! それで、死ぬまでずっと一緒に「夫」としているんだ! 約束だからね!」


 僕達は互いに見つめ合い、堂々と挑発をし合う。

 そして……思わず、二人共吹き出してしまった。


「あははっ、やっぱり僕達はこっちの方がいいみたい!」

「ふふっ、そうだね! しみったれた空気より、こっちの方が合ってるんだよ!」


 でもそれはエイフィアだから。

 小さな箱の中にいる大事な人だから、そう思えるんだろう。


「あ、これだけはちゃんと言っておくね───」


 笑うエイフィアに向けて、僕はこの感情を真っ直ぐにぶつける。



「ありがとう、エイフィア。正直、かなり嬉しかったよ」

「ううん、こちらこそ……好きにさせてくれて、ありがとうね」



 ♦♦♦



 私のしたいこと……それは、全部タクトくんだ。

 タクトくんと、思い残すことなく色んなことをしたい。

 時間は短い……その間に色んなことをするなら、早いうちにタクトくんに好きになってもらわなきゃ。


 レイシアちゃんと協力してもいいかもしれない。

 可愛い女の子二人からのアピールなら、タクトくんもきっと揺れ動くと思うんだよ。

 うん、それがいいかな? それの方がいいと思う。

 レイシアちゃんとだったら、確かに幸せな家庭が築けるかもしれないからね。

 こんないい男の子独占なんて、もったいない気もするし。




 ───あぁ、そうだタクトくん。

 一つ、言い忘れたことがあるんだよ。


 私、こう見えてタクトくんのこと───……って思ってるんだよ?





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