エピローグ

 エイフィアとの一件があった翌日。

 その日は昨日の雨が嘘だったかのように快晴で、心地よい陽気が店内に差し込んでいた。

 しかし、今日に限っては日が上に昇り始めたというのにお客さんが誰も来ていない。


 昨日は「懐かしいなー」って思えたけど、連日続くのは少し勘弁願いたい。

 夢はこの席をいっぱいに埋めることなんです。閑散ですよ、閑散。

 ……いや、閑散っていうのもおかしいか。

 誰もいないって言ったけど、店内には僕以外の人がいて―――


「今日はしっかり晴れてよかったです」


 カウンター越しにコーヒーを啜る銀髪の少女。

 天国に現れる天使と紛うほどの容姿は、閑散としている店内に華を添えている。


「そうだね、今日はしっかり晴れてよかったよ。二人共、風邪も引かなかったしね」


 僕は自分の分のコーヒーを作りながら、レイシアちゃんの言葉に相槌を打つ。

 昨日、あんなにずぶ濡れになってしまったというのに、彼女は今日も『異世界喫茶』へとやって来てくれた。


 当たり前のようになってきてはいるものの、嬉しいことには変わりない。


「私はすぐにお風呂をいただきましたからね」

「まぁ、エイフィアもすぐに拭いたしコーヒーで温まっていたし、大丈夫だとは思ったんだけど」

「エイフィアさんは?」

「今日も冒険者のお仕事だよ」


 朝っぱらから出掛けていったエイフィア。

 家を出る瞬間だけ目撃したんだけど、風邪を引いている様子はまったくなくて、いつも通り元気な姿だった。

 やはり冒険者といったところだろうか、体が資本の仕事はやっぱり造りが違う。


「そうですか、頑張り屋さんですね」

「ねー、昨日は結構ドタバタしたはずなんだけど」

「そこがエイフィアさんのいいところなのでしょう」

「それは同意。見ているこっちもやる気をもらうよ」


 一つ話に区切りが入れば、少しばかりの沈黙が広がる。

 それは決して居心地の悪いものではなく、むしろ心地よいとまで思えるほどのもの。

 レイシアちゃんと二人きりになると、いつもこんな感じの空気がたまにある。


 だけど、今だけは少し違った。


「………ぁ」


 目の前に座っているレイシアちゃんが、体をモジモジとさせているのだ。

 さっきまではそんなことなかったのに、急に僕の方を何度も見ては頬を染めて何かを躊躇っている様子を見せる。

 何かあったのだろうか? 

 ……いや、流石に僕もそこまで鈍感じゃない。


 そう、これは———


「おトイレは、店の奥に―――」

「違いますからね!?」


 僕は鈍感さんの部類なのかもしれない。


「あ、あのっ! お聞きしたいことがあるんです!」

「あ、そういう話」

「全然、おっ……おトイレではありませんっ!」


 てっきりお花を摘みに行きたいのかと。

 でも「おトイレ」って言葉を恥ずかしそうに口にするレイシアちゃんが可愛かったので、少しほっこりしました。


「えーっと、聞きたいことって何かな?」

「あ、あの……その……」

「ん?」

「エイフィアさんの告白は……どうなったのでしょうか?」

「Why do you know(何故、知っている)?」

「へ? な、なんとおっしゃったのでしょう……?」


 しまった、あまりの動揺に懐かしいネイティブな英語が飛び出してしまった。

 それで、異世界ではどうやら英語が通じないらし―――いやいや、そのことはどうでもよくて!


「ど、どうしてレイシアちゃんが知っているの……?」

「エイフィアさんを連れてきたのは私ですよ? お話しぐらいはお伺いしています」


 確かに、エイフィアを連れてきたのなら聞いていてもおかしくはないか……ッ!

 告白を受けた側のはずなのに、何故か込み上げてくる羞恥心に思わず唇を噛んでしまった。


「そ、それで……お聞きしてもいいのでしょうか?」

「ぬぐっ……!」


 僕は言葉に詰まる。

 昨日、沈んでいたエイフィアを立ち上がらせてくれたのはレイシアちゃんだ。

 当然ことの顛末ぐらいは聞く義務はあるだろう。


 僕は少しばかりの葛藤をしたあと、ゆっくりと口を開いた。


「……断ったよ」

「ッ!? ど、どうしてですか? エイフィアさんはかなり魅力的な女性ですし、タクトさんとも仲がよかったはずです」

「いや、嬉しかったんだよ……でもさ、僕は家族として好きだったから」


 驚くレイシアちゃんを見て、答える声が萎んでいく。

 何か情けない姿を見せているようで、からだ。


「……なるほど。では、エイフィアさんは諦めないでしょうね」

「よく理解されていて驚き」

「ち、ちなみに……エイフィアさんではない女性から告白をされたら、どうしましたか……?」


 エイフィア以外の女の子から、かぁ……。

 まぁ、接点も特筆すべきところがない僕が告白されるなんて想像もつかないけど———いや、この言い方はダメだな。

 告白してくれたエイフィアに失礼な考え方だ。今後は控えよう。


 それを抜きにしても―――


「同じように嬉しいとは思うよ。でもやっぱり断るかな」

「どうして……」

「僕の中では、エイフィアやレイシアちゃん以上に魅力的な女の子はいないって思うから、かな?」

「~~~ッ!?」


 だから、他の女の子に告白されちゃったとしても、きっと二人以上に好きにはなれないと思う。

 悲しい話だけどね……目が肥えてしまった可能性が高いかもしれない。

 僕の中では、二人の中身や外見こそが理想でありタイプなんだから。


「っていう感じなんだけど……どうして顔を赤くしてるの?」

「し、知りませんっ!」

「えー」


 レイシアちゃんにそっぽを向かれてしまった。

 ちょっとショック。


「たっ、だいまー!」


 軽く落ち込んでいると、そんな元気のいい声がドアベルの音と共に聞えてきた。

 すると、店内には耳が特徴的な可愛らしい少女が現れる。


「一応、営業時間なんだけど……静かに入って来てくんない?」

「二人以外に誰もいないのは聞こえていましたもん! 私、耳がいいので! 耳がいいので!」


 うぜぇ。


「いやー、セスくんに相変わらず口説かれちゃって疲れました! っていうわけで、タクトくん―――ちょっと来てほしいんだよ」


 イラっとした僕を無視して、エイフィアは手招きをする。

 エイフィアの元気に腹が立ち、軽くほっぺを摘まんでやろうと言う通りにカウンターから出て近寄る。

 すると———


「えいっ!」


 エイフィアが勢いよく僕に抱き着いてきた。


「い、いきなり何っ!?」


 唐突のことに、僕は思わず驚いてしまう。

 いつもされていることではあるけど、甘い香りが顔に熱を上らせた。


「何って……アピール?」

「レイシアちゃんがいるけども!?」

「時と場所は選ばない! 時間がもったいないからね!」


 なんて横暴な子なんだろうか?

 この子、悩みが解決した途端太々しくなっちゃったよ。


「さ、流石にレイシアちゃんがいる前でやるのはよくないと思うよ! ほらっ! 仲間外れ感があるでしょ!?」

「じゃあ、レイシアちゃんもおいで~!」

「わ、分かりましたっ!」

「レイシアちゃん!?」


 引き剥がそうとしたはずなのに、何故か一人増えようとしている。

 そのことに更に驚きを強めていると、背後から柔らかい感触が伝わってきた。


「わ、私だって頑張るって決めましたから……」

「なんの話ですかねぇ!?」


 構図としては、前と後ろで抱き着かれているというもの。

 二人はそれぞれの魅力が他者に引けを劣らないほどの美少女であり、僕がもっとも身近で意識している女の子だ。

 ハーレム野郎を過去に何度か恨んだことはあったけど、今なら謝罪をしよう……本当に、心臓が持たない。


 陰キャ童貞クソ野郎に、過度なスキンシップは寿命を縮めるだけなんです!

 だからお願いします……情けないと思ってもいいですから、離れてください!


「ふふっ、タクトくんがオチるのも時間の問題じゃないかなぁ……?」


 僕の胸に耳を当て、早まる鼓動を聞いているエイフィアが蠱惑的に笑う。

 それがなんだか悔しくて、でもどうしようもなくて―――


「……あとで覚えてろよ」

「ふふっ、あーい!」


 僕は諦めたように、両手を上げるのであった。




 こうして、今日もいつも通りの日常が進んでいく。

 けど、それはどこか少し変わっているような気がする。


「はぁ……コーヒー、飲む?」

「飲むっ!」

「レイシアちゃんは———」

「おかわり、いただいてもよろしいでしょうか?」


 変わっている……そう分かっていても、不思議と嫌とは思えなくて。


 今日も今日とて、僕はこの『異世界喫茶』でコーヒーを淹れる。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 二章完結!

 ここまでお読みしてくださった読者の皆様、ありがとうございますっ!

 カクヨムコンも終わり、皆様のおかげでとても満足のいく結果と作品を書けたと思います!


 今のところ、三章を書こうかは悩んでいます。

 時間に追われているというのと、単純にネタ問題です💦


 でも、また書けるように頑張ります!

 最後に―――皆様、異世界喫茶をありがとうございました!

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