エイフィアが連れてきた男
いつも通りの平日。
レイシアちゃんはまだ来ておらず、一組の女の子達が仲良く談笑をしている風景だけが店内に映る。
いつ注文がくるかな? そんなことを思い、微笑ましい笑顔を浮かべながらおまけにあげようと思っているクッキーを皿に並べる。
最近は安定してお客さんが来てくれるから嬉しい。
これもあのお茶会での口コミが順調に広がっている証拠だろう。
今はまだカフェオレしかこのお店の人気メニューはないけど、また新しく何か好んでもらえる新商品を開発しないといけない。
となれば、この前レイシアちゃんに作ったスコーンを改良する必要があるね。
今日の夜はそのことでも考えようかな。
自然と浮かんできそうなワクワク感を抑えながら、クッキーが乗った皿をお客さんに届けようとする。
その時、不意にドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませー……って、エイフィアじゃん」
姿を現したのは、動きやすそうな軽装をしたエイフィアだった。
その服装は、いつも冒険者としての仕事をしている時の格好。
最近はお客さんの邪魔にならないよう家の方からやって来るのに、今日に限っては何故か店の方からやって来た。
そして───
「うん、ただいまタクトくん……」
何故か、その顔は疲れきっていた。
いつも冒険者のお仕事が終わっても明るく疲れた様子なんて一切見せてこなかったのに、今日に限っては珍しい。
朝ご飯をミルク三滴にした時以来だ。
「どうしたの、エイフィア?」
「いや、あのね……」
尋ねるけど、とても言い難そうにしている。
チラチラとお店の方に顔を向けたりしているし、明らかに様子がおかしい。
そう思った時───
「ふぅーん……ここが君の働いでいるお店か」
もう一つ、店のドアからひょっこりと人影が現れた。
大きめのローブ、腰には皮でできたポーチが巻かれており、店のドアが潜れるか不安になってしまうほどの高身長。
男としては羨ましい限りの身長にもかかわらず、見せた顔は「イケメン」という妬み嫉みイコール嫉妬を湧き上がらせるもの。
更には───
「……エルフ?」
そう、耳が尖っていたのだ。
エイフィアと同じように、特徴的な耳がそこにあった。
(珍しい……エルフって、あまり外には出てこないんじゃなかったけ?)
エイフィアから聞いた話なんだけど、どうやらエルフはほとんどが森から出てこないらしい。
それは全てが森で完結してしまうからとか、人と生きる時間が違うからとか、色々理由はあるみたいだ。
エイフィアは好奇心で外の世界に飛び出したっていうけど……この人はどうなんだろう?
ふと現れた男を見てそう思った。
そして───
「次からはイケメンに対する入店制限をかけないと……ッ!」
「タクトくん、聞こえてる。普通に聞こえちゃってるから」
ふつふつと湧き上がるイケメンに対する妬みが、僕の心を荒ませていった。
「それで、こいつがエイフィアの言っていた男か……」
僕の心が荒んでいるにもかかわらず、現れたエルフの男は僕の顔をジロジロと見つめてくる。
そんなに顔を近づけないでよ……自分の顔はイケメンですよっていうアピールですか? マウントですか? もしかして、マウンティングマウンテンですか?
「どうも、タクトって言います」
「……パッとしないな」
「エイフィア! 今すぐにでもイケメンに対する入店制限をかけるよ! それは今現在進行形で入店している人も対象でだ!!!」
「タ、タクトくんっ! お客さん、他にもお客さんがいるからぁ!」
関係ない、僕は目の前の失礼なイケメンをどこかに追い払わなきゃいけないんだ。
それは店内の衛生面上、マスターの心の衛生面上必要なこと。
お客さんには、清掃にかんしては我慢してもらう必要がある。
「はぁ……だから言ったじゃん。タクトくん、ちょっと拗れてるとこあるからついて来ないでって」
「ん? そうは言うが、あの返事をもらっていないだろう? それに、まだまだ話足りなかったからな」
「もう、断ったのに……タクトくん、ちょっと席借りてもいい?」
エイフィアが疲れ切った様子でそんなことを聞いてきた。
本来であれば今すぐにでもそこのイケメンを追い出したいところではあるんだけど───
「いいよ、別に。あとでカフェオレ持っていくからさ」
何か込み入った話をするみたいだし、妬みを持ち出すわけにはいかないだろう。
「うん、ありがとう……」
エイフィアはお礼を言うと、そのまま男を連れて空いているテーブルへと腰を下ろした。
しかもあまり聞かれたくない話なのか、僕のいるカウンターから一番離れている席に、だ。
(それにしても、あの感じだと同じ冒険者の人かな……?)
エイフィアが今まで同じ冒険者の人を連れてきたのは、初めてコーヒーを宣伝しようとしてくれた時以来だ。
それ以外は滅多に冒険者の人とか連れて来ないし、そもそも話したりしていない。
チラッと聞こえた話では、エイフィア自身も連れてくるつもりはなかったみたいだけど───
「あ、あの……タクトさん」
そして、今度はいつも聞き慣れている女の子の声がドアから聞こえてきた。
そこには、おずおずと顔だけ覗かせている銀髪の少女の姿。
同じ整っている顔でも、レイシアちゃんだと荒んだ心が現れていくような感覚に陥るから不思議だ。
「いらっしゃい、レイシアちゃん」
「はい……入ってもいいですか?」
もしかして、入口であんなやり取りをしていたから入り難かったのだろうか?
だとしたら、レイシアちゃんには申し訳ないことをしたなぁ。
「うん、大丈夫だよ。ごめんね、騒がしくしちゃってさ」
「いえ、それは大丈夫です」
「じゃあ、こっちに来なよ。いつものコーヒーを出すからさ」
僕はそう言って、レイシアちゃんが飲むためのコーヒーの準備を始めた。
ついでに、お店の端で話し始めた二人のカフェオレもグラスに注いでおこうと、一緒に二つのグラスも用意するのであった。
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