傍にいる資格

(※エイフィア視点)


(あーあ、あんまりタクトくんに見られたくなかったんだけどなぁ)


『異世界喫茶』の端の席で、私は大きなため息を吐く。

 目の前にいるのは、同じ冒険者ギルドに所属しているエルフの男の子。

 男の子って言っても私よりも年上で、私よりも先に外の世界に飛び出したエルフ。


 滅多に見ないエルフがこの街に二人……それも、同じように冒険者をしているとなれば凄い偶然だ。

 初めてこの人———セスを見た時は驚いたよ。

 でも、男の人だしあまり関わりたくなかったし、それだけしか思っていなかったんだけど———


「それで、俺と契りは交わしてくれるか?」


 ……求婚されてるんだよねぇ。


「いや、さっきからずっと嫌だって言ってるじゃん。っていうか、この前からずっと言ってるじゃん」


 私は誰とも結婚する気がない。

 同じ寿命を歩んでくれるエルフであっても、他の人であっても、タクトくんであっても。

 それは

 タクトくん以上の男の子を、私は見つけられるとは思っていないからお断りするの。


「だが、俺は理由を聞いてねぇぞ」

「うっ……!」


 鋭い眼差しを受けて、私は言葉に詰まってしまう。

 だって「タクトくん以上の男の子じゃないし、好きじゃないから」なんて言えるわけない。

 いや、お外だったら言えたかもしれないけど———


(ここにタクトくんいるじゃん……!)


 何かの弾みで聞かれたらどうしてくれるのかな?

 私、タクトくんと今までみたいな関係でいられるか分からないじゃん。


(あぁぁぁぁぁぁぁっ! こんなことなら、しつこくても無視せずに冒険者ギルドで言っておけばよかったよもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!)


 そう思ってもあとの祭り。

 今、席を外してもセスに怪しまれて言及されちゃうのがオチだ。


「え、えーっと、それは……」


 チラリと、私はタクトくんのいるカウンターを見てしまう。

 そこではレイシアちゃんと楽しそうに談笑しながらコーヒーを作っているタクトくんの姿があった。


 ほ、本当だったら私も今頃あそこで楽しそうにお話ししているはずなのに……。

 この状況だからか、あの場所が羨ましく思っちゃう。


「……あの男が、俺と契りを交わせない理由か」


 しまった、そう思ってももう遅い。

 私がタクトくんを向いてしまったから、セスはタクトくんが原因なんだと思ってしまった。


「別に違うからね!? ただ、アイスコーヒーまだかなって思ってただけだから!」

「いや、エイフィアの目は完全にあの男をしている目だった。余程の阿呆じゃない限り、今の目で理解できる」


 余程の阿呆って……それ、タクトくんのこと言ってる?

 っていうか、私ってそんな目をしてたかな?


「あの男の何がいい? ぶっちゃけ、俺の方が顔もいいし力もある。頼りなさそうなあいつよりもよっぽどいいと思うが?」


 確かに、タクトくんに比べたら顔もいいし力もあるかもしれない。

 だけど……違うじゃん。


「大事なの、中身だし……」

「やはり、エイフィアはあの男のことを……」


 ついタクトくんの悪口を言われたから否定してしまう。

 その否定は、問題に対する肯定であり、私は完全に言い逃れができなくなってしまった。

 でも、もう言っちゃったものはしょうがない……よね。


「そうだよ、私はタクトくんが好きだよ。悪い? だからセスとは契りを交わさないの」


 契りは人間でいうところの結婚。

 エルフでは付き合うっていう過程はなくて、いきなり結婚……契りを交わすことで将来のパートナーを決める。

 そして、その契りは一生もの―――浮気とか離婚とか関係ない。エルフの中では、絶対に契りを交わした者以外とは再び契りは交わせない決まりになっているんだ。


 だからこそ、エルフは契りは慎重に行う。

 そのはずなのに、セスは構わず契りを交わそうと言ってきた。

 本人曰く一目惚れしたって言ったけど、一目惚れなんて私は信用してないし、そもそも私の気持ちを考えてくれない人はえぬじーなんだよ。


 それでもしつこくしつこく……ほとんど毎日言ってきた。

 いつもは冒険者ギルドで断って来るんだけど、今日だけは諦めてくれなくて―――ほんと、苦手なタイプ。


 だから……嫌に決まってるじゃん。


「あの男より、俺の方がいい男だと思う」

「私、セスのことが嫌いだもん。っていうより、タクトくんの方がずっといいに決まってるよ!」

「あ? あの男が俺よりいい……だと?」


 私が強く言うと、セスは苛立った様子を見せた。


「あんなが、か?」

「ッ!?」


 その言葉を聞いて、私は言葉に詰まった。

 タクトくんを馬鹿にされたからじゃない……それは、ずっと心に刻んでいた現実を突き付けられたからだ。


「だが、あの男はエイフィアに相応しくない。俺の方がお前に相応しい、俺の方がお前とずっと一緒にいてやれる」

「…………」


 詰まった言葉が、何も出てこない。

 否定しなきゃいけないのに、否定できない私がいた。

 タクトくんが悪いわけじゃない、タクトくんの方がいい男に決まっている。


 けど―――先に死んでしまうことだけは否定できなくて。

 相応しいか……私の隣じゃなくて、タクトくんの隣には私が相応しくないだけで―――


「はい、カフェオレ二つお待ちどうさま」


 そんな時、お盆に乗せたカフェオレを持ったタクトくんがやって来る。

 話題に挙がったからか、タクトくんを見た瞬間にセスがその場を立ち上がった。

 そして———


「お前は、エイフィアの隣に相応しくない!」


 少しばかりの怒気を孕んだ声で、タクトくんにそんなことを言い放った。

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