レイシアちゃんのお母さん

「大変申し訳ございませんでした……ッ!」


 店にやって来たのは、魔法で大人の姿になったレイシアちゃんではなく、レイシアちゃんのお母さんだった。

 僕はそうも知らず、なんか失礼なことを言ってしまったみたいで……とりあえず、額を床に擦り付けています。


「ふふっ、いいのよ〜? 私、お姉ちゃんだなんて言われて嬉しかったわ〜」


 床に頭を付けている僕の頭をポンポンと叩いてくるイリヤさん。

 顔を上げていないからイリヤさんがどんな顔をしているか分からないけど、声音的には怒っている様子はなかった。


 ……この寛大さは親子譲りなんだろうか?


「私もまだまだ若く見えるってことね〜!」


 見た目だけなら、本当にまだまだいけるお年にしか見えない。

 だって、レイシアちゃんが大人になったような感じに見えたんだもん。

 感じ的に、二十歳後半ぐらい? それぐらい若く見える。


「それよりも、頭を上げてちょうだいタクトくん。お姉ちゃん、怒っているわけじゃないのよ?」

「そ、そうですか……」


 お姉ちゃんと言われたことが本当に嬉しかったのか、自分でそう口にするとは思わなかった。

 タクトくん、頬が引き攣ってしまいます。


「それで、イリヤさん───」

「むむっ! イリヤさんは禁止!」


 頬を膨らませ、僕の頬っぺをつついてくるイリヤさん。

 いちいちの言動があざとい極まりなく、年齢を考えてくれと言いたいところではあるんだけど、可愛いから許しちゃう僕がいる。


 ……いや、本当に可愛いのよ。

「レイシアちゃんもこんなことしてくれたらいいなー」って思いつつ「レイシアちゃんがやったらこうなんだろうなー」と想像しちゃうから。


「イリヤさんを禁止するなら、僕はなんて呼べば……?」

「そうね……じゃあ、次の三つの中から選んじゃいましょう!」


 〜イリヤーズ選択肢〜


 1.お義母ちゃん

 2.お義母さん

 3.お義母様


 〜〜


「…………」


 事実上の一択にしか見えないのは僕だけだろうか?


「あの、色々と勘違いでしかなさそうな呼び方しか選択肢にないんですけど?」

「いつか呼ぶでしょ?」


 なに、その「今のうち慣れておかなきゃね!」が後ろについてきそうな反応は?

 いや、レイシアちゃんとそんな未来になるわけないじゃん。


「あんなに可愛くて優しくて、美人で貴族様なレイシアちゃんと僕みたいなブサイクで平民が付き合うわけないでしょ? 何考えてるんですか……」

「ん〜……タクトくん、結構かっこいい顔してると思うわよ〜?」

「フッ……見る目がありますね、お義母様」

「ふふっ、切り替えが早くて面白い子ね〜」


 この人は僕のことをよく分かっていらっしゃる。

 こんなに美人さんにそう言ってもらえるのなら、きっと今まで出会いがなかっただけでお外に出れば木村〇哉並にモテるに違いない。


「ほんと、タクトくんは娘から聞いてた通り面白い子ね〜」

「そう言えば、今日は何しに来たんですか? ただカフェオレを飲みに来たってわけじゃなさそうですし」

「ぴんぽんぴんぽ〜ん♪ お義母さんは、レイシアちゃんがいつも話しているタクトくんとお話するために来ました〜!」


 くそ……可愛いじゃんよ。


「というより、レイシアちゃんは僕のことを家でも話しているんですね」


 もしかして、コーヒーのことだろうか?

 それとも、子供が経営しているお店が珍しい……みたいな話だろうか?

 いつもっていうのは誇張だろうけど、恐らくそんな話をしているのだろう。


「そうそう、楽しそうに話してくれるのよ───たとえば、とか」

「懐かしいですね……といっても、まだそんなに経っていませんですが」

「娘から聞いたわ……あの時は、助けてくれてありがとう。親として、あなたには感謝するわ」

「いえいえ、そんな───」


 僕はレイシアちゃんに出会った時のことを思い出しながら、イリヤさんの顔を真っ直ぐに見つめる。


「僕の方こそ、レイシアちゃんには感謝しています。彼女がいなければ……僕は、今の楽しさも幸せも味わっていないでしょうから」

「……そう?」

「そうですよ……まぁ、この前レイシアちゃんにも言ったばかりなんですけどね」


 この気持ちだけは、本物だ。

 経緯は助けたことからかもしれないが、彼女がいたからこそ僕の人生はに映るようになった。

 だからこそ───


「お礼は必要ありません……その代わりといってはなんですが、一つだけお願いが」

「何かしら? お義母さん、タクトくんのためならある程度のお願いは聞いちゃうわよ〜?」

「でしたら、可能な範囲で構いません……レイシアちゃんに、望む婚約をさせてあげてください」


 僕がそう言うと、イリヤさんは目を丸くした。


「ここに来た時、彼女は「望まぬ婚約が嫌だ」と言っていました。そのあと、一旦落ち着いたとも……イリヤさんは賛成してくれたみたいですが、まだ旦那様の方が賛成してくれていないのでしょう。可能な限りで構いません、レイシアちゃんが望む婚約をできるようにしてあげてほしいんです」


 それはレイシアちゃんの望みだろうから。

 逃げ出してしまうぐらいの行動をさせてしまうほど、胸の内に秘めていた感情なのだと思うから。


 貴族、それも公爵家という立場であれば責務上逃れられないのかもしれない。

 僕が理解していないだけで、本当はそれがかなり難しいことなのかもしれない。

 それでも───


「どうして、タクトくんは娘を心配してくれるの……?」

「そりゃ、レイシアちゃんには幸せになってほしいから」


 真っ直ぐに、そう告げる。


「初めてのお客さんだから、僕の恩人だから……そういうのもあります。でも、それ以上に───レイシアという一人の少女には、幸せになってほしい。一人の人間として、そう思ってしまうんです」


 僕はそう言い終わると、カウンターの中へと戻っていく。

 せっかくだからコーヒーかカフェオレでも出してあげようと。


「タクトく───」

「あ? なんじゃ、珍しい客が来ておるではないか」


 お義母様がそう言いかけた瞬間、家と店を繋ぐ入口から魔女さんが顔を出した。


「魔女さんも珍しいね。普段滅多に店には来ないのに」

「エイフィアがいるかと思っての。ちぃと手伝わせたかったことがあったんじゃ。しかし……さてはあやつ、逃げおったな?」


 魔女さんの目が怪しく光る。

 エイフィアに、一体何をさせるつもりなんだろうか?

 とりあえず、ご愁傷さまとだけ言っておこう。


「あ〜! シダちゃんだ〜!」


 座っていたイリヤさんは魔女さんを見た途端に立ち上がり、素早く魔女さんの元に向かった。

 そして背後に回り込むと、いきなり魔女さんに抱き着き始める。


「うふふ〜、シダちゃんはいつ見ても可愛いわぁ〜!」

「相変わらず、お前さんは鬱陶しいのぉ」

「あれ、魔女さん……お知り合いだったの?」

「よく此奴に薬を届けておったからの。ちょっとした知り合いで……会う度に、こうして抱き着かれておる」

「だって〜、シダちゃんって小さくて本当に可愛いんだもの〜!」


 魔女さんが可愛いのは同意するけど……なんだろう、今物凄く魔女さんとポジションチェンジしたい。

 あの大人っぽい魅力満載の女性に思い切り抱き着かれたい。


(とりあえず、イリヤさんに出すためのコーヒーでも作っておこう)


 僕は桃色の空気と眼福が広がる光景に目を逸らし、コーヒーを作る準備を始める。

 その時───


「(ねぇ、シダちゃん……)」

「(なんじゃ?)」

「(タクトくん……本当にいい子ね)」

「(……じゃろ? 妾の可愛い可愛い、自慢の息子じゃよ)」


 魔女さんとイリヤさんが何か話していた。

 残念ながら、僕の耳には届かなかったのだけれど。


 そして───結局、この日はレイシアちゃんが姿を見せることはなかった。

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