祝勝会と感謝と不思議な気持ち

 ───あのお茶会から一週間の月日が経った。


 お茶会での反応は思ったよりも好評で、いい感触が掴めたんじゃないかなって思っている。

 正直、エイフィアとコーヒーを好きでいてくれているレイシアちゃんの反応しか見ていなかったから、他の人からカフェオレを「美味しい」と言ってもらえるかは不安だった。


 だけど、それも過ぎてみれば杞憂。

 ……めっちゃ嬉しかった。あの時はガッツポーズだけで済ませたけど、本当は涙を流してもよかったぐらい。


 こんな機会をくれたレイシアちゃんには感謝してもしきれない。

 更には、あのお茶会から徐々にではあるけどお客さんが増えてき始めたんだ。


『すみません……異世界喫茶って、ここであっていますよね?』

『カフェオレが飲める場所って、ここですかー?』

『やっほー、飲みに来たよー!』


 ……まだ満席とはいかないけど。

 一日に三組ぐらいしかこないけど!

 それでも、レイシアちゃんしかお客さんがいなかった前に比べれば進歩!


 これから口コミも増えていけば、徐々に席も埋まっていくに違いない。

 だからこそ───


「遅くなっちゃったけど、お茶会(宣伝)成功を祝して……乾杯っ!」

「「乾杯っ!!」」


 ───今日は祝勝会をすることにした。

 本当は終わってからしたかったんだけど、レイシアちゃんが「まだお客さんが来るか分かりませんので、来た時にしましょう」と言ったので、一週間が過ぎた今日になってしまった。


 目の前にはいつもの定位置に座りながらアイスコーヒーを飲み始めるレイシアちゃん。

 祝勝会にコーヒーっていうのも不思議な感覚だけど、本人が「それでいい」と言ったのだから、気にしないようにしている。


 横には特に何もしていなかったエイフィア。

 まぁ、でもお客さんが来た時に働いてくれたし、従業員だしっていうところで祝勝会に参加してくれた。

 もちろん、エイフィアの手にはグラスに入ったカフェオレだ。


 そして、カウンターには色々なお菓子がたくさん並べられている。

 今日のために前々から作らせていただきました! せっかくの祝勝会だからね!


「それにしても、うちのお店に他の人がいるってちょっと違和感あったなー」


 カフェオレをちびちび飲みながらエイフィアが言う。


「まぁ、その言葉には悲しくも賛同しておくよ。僕も正直、レイシアちゃん以外の人がこの店にいるって結構違和感あったもん」


 久しぶりにメニュー表が役に立ったよ。

 それと、初めて「注文いいですかー?」って言われたからね。

 僕もエイフィアも「何言ってんだろ?」って一瞬呆けちゃったもん。


「ですが、これからはそれが当たり前になっていくでしょうし、慣れておいた方がいいでしょう」

「当たり前になってほしいんだけどね……あんまり実感がないっていうか」


 お客さんは来た。

 でも、長いことお客さんが来なかったから、意気込みでは「満席!」って思ってるけど、実のところそういう未来があまり想像つかない。


 っていうより、今でもお客さんが来てくれたことが夢のような感じだからね。


「大丈夫です、このお店は今よりもっと繁盛しますよ」

「レイシアちゃん……」


 レイシアちゃんの励ましに、思わず涙が。

 ……ほんと、天使みたいな女の子だなぁ。


「……改めて、ありがとうね。レイシアちゃんがお茶会に誘ってくれなかったら、お客さんなんて来ることはなかったよ」

「……いえ、私など大したお役に立てていませんよ」

「そんなことないよっ!」


 僕は思わずカウンターから身を乗り出してしまう。


「レイシアちゃんがいなかったら、本当に僕は毎日寂しく一人でコーヒーを作ってたんだ!」


 誰も来ない喫茶店で一人コーヒーを作っては自分で飲む。

 魔女さんやエイフィアなんかは飲んでくれていたけど、それはあくまで身内……身内、なのかなぁ? まぁ、ともかく。お客さんとして飲んでくれる人はいなかった。


 苦い苦いって言ってくれた人は除くけどね。


「僕、本当にレイシアちゃんには感謝してるんだ。初めてお客さんとしてコーヒーを「美味しい」って言ってくれたり、お客さんが来てくれるようになった機会までもらっちゃってさ……感謝しても感謝しきれないよ」

「タクトくん……」


 傍で見ていたエイフィアが何やら複雑な表情を浮かべた。

 僕がニコリと笑ってみせると、エイフィアは同じように笑みを浮かべてくれる。

 微笑ましそうな、優しい笑顔だった。


 そして───


「……私も、タクトさんには感謝しています」


 ポツリ、と。レイシアちゃんが零す。


「あの時、私を助けてくれた恩は一生忘れません。タクトさんにとっては些細で、誰にでもできると、そう思っているかもしれませんが……逃げ出した私を治療してくれたのも、話を聞いて受け止めて、肯定してくれたのもタクトさんです」


 身を乗り出した僕の手を、レイシアちゃんはゆっくりと包み込む。


「私はあの時の恩を返しただけです。それと、私は単純にタクトさんが経営しているこの『異世界喫茶』が好きです……ですから、あなたとこの店のお役に立てることに、躊躇いはありません」


 レイシアちゃんの言葉に、胸が温かくなる。

 真っ直ぐに、自分がしてきた道を肯定してくれたのだから。


「先程の言葉は訂正しましょう。タクトさんが「役に立った」というのであれば、役に立ったのでしょうね。ですから、私からは一つだけ───」


 そして、レイシアちゃんは僕に向かって満面の笑みを浮かべた。


「どういたしまして。これからも、あなたのコーヒーが好きな者として、お役に立てさせてください」


 大人びていて、優しく、気品に溢れている上品なもの。

 それでいて、年相応の子供らしい「嬉しい」という気持ちが乗った笑顔。


 その全てが僕に向けられた。

 それを受けて───


「〜〜〜ッ!?」


 僕は一気に顔に熱が上ってきた。

 向けられている笑顔が見ていられなくて、僕は顔を見ないよう思わずしゃがんでしまう。


(ま、またこんな感じだ……!)


 ドキドキして、顔が熱くて、まともに顔が見られない。

 だけど、頭にはレイシアちゃんの顔ばかりが浮かんできて、またしても顔に熱が上り鼓動が早くなる。


 これって一体なんなのか? 新手の病か何かなのだろうか?

 僕には正直、よく分からなかった。


「(ねぇ、レイシアちゃん? ここで「タクトさんも好きですから」とかって言わなくてもいいの?)」

「(ふぇっ!? な、なななななななな何を仰っているのですか!?)」

「(いや、だって今のレイシアちゃんの言葉、破壊力半端なかったよ? おとすなら今だよ?)」

「(無理ですっ! 流石にそんなこと言えませんっ! というより、今言ってもお断りされる可能性しかありませんから!)」

「(えー、そんなことないと思うけどなぁー)」


 レイシアちゃんとエイフィアが何かを言っているのが聞こえてくる。

 それでも、僕は不思議な感情を押さえつけるのに必死で、何も聞き取れなかった。








「心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却───」

「あー……確かに、今言っても無理そうだね……」

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