お茶会前

 レイシアちゃんから教えてもらったけど、お茶会は今週の休日の昼過ぎぐらいに行われるらしい。

 休日に設定した理由は言わずもがな。学園も休みの日だからだ。


 カフェオレの紹介……それだけで緊張してくるのだが、そもそもレイシアちゃん以外の貴族と僕は会ったことがないから余計に緊張する。

 エイフィアから一応貴族のことは教えてもらったけど、とりあえず言えるのは「失礼なことをするな!」ということだけ。


 馴れ馴れしくせず、それでいて怒らせるようなことはしないこと。

 それさえ守れば、あとはカフェオレに全てを任すだけ。


 ───そう思いつつ、迎えたお茶会当日。

 僕は「馬車!? リアル馬車!?」でレイシアちゃんにお迎えをされて、アスタルテ公爵家の屋敷までやって来ていた。


 馬車の窓から覗く景色に興奮していたのを覚えている。

 先まで広がる庭、巨大な噴水、ホワイトハウスぐらいの大きさを感じさせる屋敷。

 どれもが見たことなくて、漫画やゲームに出てくるようなファンタジーチックなもので、僕はこれを見られただけでも来てよかったと思った。


 そして現在───


「ここでお茶会を開くんだね」

「えぇ、ここなら周りも静かですから」


 僕は見るも美しい花園へと足を運んでいた。

 見上げれば蔦で覆われた植物のドーム。辺りには色鮮やかな花が咲いており、この空間だけ吸い込む空気が違うような気がした。


 ───花園に一区切り空いた場所。

 そこには円形の大きなテーブルが置かれていて、椅子は囲むように六脚あった。

 どうやら、このテーブルにお茶やらお菓子やらを置いてお茶会をするらしい。


 椅子の数を考えると、僕とレイシアちゃんが座るとして、

 ……今日はあと四人やって来るみたいだ。


「なんか、僕なんかがこんな場所に来ていいのかなって思っちゃうよ」


 こんなに美しい場所を自分の家の敷地に作るなんて、明らかに格が違う。

 足を踏み入れただけで、平民の僕にとっては萎縮ものだ。


「確かに、公爵家の許可なしに踏み入れることができませんが……タクトさんが望むのであれば、いつでもお連れしますよ」

「……僕、そんな特別扱いされるようなことしたかな?」

「タクトさんには恩がありますので」


 もしかしなくても、僕とレイシアちゃんが初めて会った時のことを言っているのだろう。

 だけど、もうあの時の話はレイシアちゃんからお礼を言われたことでチャラなはずだし、特別扱いを受けるわけにも───


「それに……タクトさんとは、その……も、もっと仲良くなりたいです、から……」


 自分で言っているはずの言葉なのに、レイシアちゃんは頬を染めながらモジモジして恥ずかしがっていた。

 その姿はとてもいじらしく、正直言うと胸が一瞬だけ高鳴ってしまった。


「そ、そう言ってもらえると僕も嬉しいよ……」


 レイシアちゃんから思わず顔を逸らしてしまう。

 恥ずかしいという気持ちが伝染してしまったのだろうか? 

 僕は熱くなった頬を冷ますように首を振る。


 僕の突然の行動にレイシアちゃんは少しだけ目を見開いたが、すぐにクスりと微笑んだ。


「すみません、私のせいで変な空気になってしまいましたね」

「いや、それは別にいいんだけどさ……っていうより、そもそもレイシアちゃんが悪いわけじゃなくて僕が───」


 出そうとした言葉が詰まる。


(僕はどうしてレイシアちゃんの言葉にドキッとしたんだろう……)


 出会った時はそんなことなかったはずなのに、ここ最近はレイシアちゃんの行動にドキッとすることが増えてきた。

 どうしてなのだろうか? これも新手の病気なのだろうか?


(うーん……この現象は一体……)


「タクトさん?」


 僕が頭を悩ませていると、心配そうにするレイシアちゃんが顔を覗いてきた。

 そのせいでレイシアちゃんの桜色の潤んだ唇に視線がが吸い寄せられてしまう。


「い、いやっ、なんでもないよ!」


 視線を逸らすために慌てて僕は一歩後ろに下がる。


「であればいいのですが……」


 レイシアちゃんが怪訝そうな顔をする。

 だから僕はこれ以上深く突っ込まれたくはないので、急に話題を変えることにした。


「そういえば、僕はいつカフェオレを出せばいいのかな? まだ皆来てないみたいだけど……」


 今この場にいるのは僕とレイシアちゃんだけ。

 花園にはいないけど、一応使用人の方と護衛の人はいるみたい。

 だけど、お茶会に参加するレイシアちゃんのお友達らしき人は現れる気配がなかった。


 だから今のうちにカフェオレを用意するのか?

 冷やしたまま提供するので、今から用意しても支障はないんだけど───


「いえ、カフェオレはお茶会の最後ぐらいにしましょう」

「どうして?」

「人は誰しも『最初』に警戒心を向けてしまうものです。お茶会の初め、見たことのない初めての飲み物……知らない相手から初めての提供。たとえ親しい間柄であろうが慣れ親しんだ場所であろうが、それぞれどれか一つでもあれば警戒心が生まれてしまう。そして警戒心こそ、評価に対するスタートラインを下げてしまいますので」

「なるほど……」

「今回はサプライズで出すのです。可能な限り警戒心を少なくするためにも、お茶会の終盤……もしくは、盛り上がりの部分で出します。それならば、その人現在の気持ちの昂りが、警戒心を減らしてくれるでしょう」


 レイシアちゃんの話に納得させられる。

 確かに、やって来た途端に知らないものを出されてしまえば警戒もする。

 逆に楽しいと思っていた状況で出せば、楽しいという感情が警戒心を薄めたまま勢いで飲んでくれるかもしれない。


 警戒は疑うこと。

 疑いは、常に評価を下の状態から考え始めるものだ。

 本当に宣伝するために売り込むのだとしたら、味だけじゃなくてタイミングも相手の気持ちにも目を向けなくてはならない。


「だったら、レイシアちゃんの言う通り最後の方で出させてもらうよ。ちょっと出すタイミング間違えないか不安だけど」

「人のことをよく見ているタクトさんなら、きっとタイミングを間違えることはないでしょう。察しもいい方ですし」

「そんなことはないと思うけどね」


 あんまりそんなこと言われたことないし。

 逆にエイフィアから「鈍ちんさん」とか言われてるぐらいだからね。


「いえ、そんなことありますよ───」


 レイシアちゃんは僕の隣から正面に周り、透き通った双眸を向けてくる。

 彼女の表情には、どこか子供らしいいたずらめいたものが浮かんでいた。


「でなければ、初めて出会った時に私をお店に入れてはくれなかったでしょう?」


 そう言われてみればそうかもしれない。

 冗談めかした言い方に、僕はそんなことを思ってしまった。


 そして───


「……いらしたみたいですね」


 レイシアちゃんが僕の後ろを見てそう呟く。

 振り返ると、そこには使用人と思わしき人に促されながらこちらにやって来る四人の女の子の姿があった。


 ───この子達が、僕の今日のお客さんなんだよね。


「よしっ、せっかくレイシアちゃんが宣伝の機会をくれたんだ。楽しみつつ、バッチリ売り込んでみせるよ!」

「ふふっ、頑張ってくださいタクトさん」


 僕は頬を叩いて気合いを入れ直した。

 レイシアちゃんのためにも、このチャンスを逃すわけにはいかない。



 ───さぁ、異世界でカフェオレが通じるか試してみよう!

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