魔女さんにお願い♪

 僕の住んでいる家はお店の裏側にある。

 間取りで言えば2LDK。僕とエイフィアが同じ部屋で寝ていて、僕を拾ってくれた魔女さんがもう一部屋。

 あとはご飯を食べる場所って感じ。


 基本的に皆ダイニングの部分にいることが多いんだけど、振り分けは家主を尊重する形にはしている。

 だって、お店も含めて所有者は魔女さんなんだから。


 え? エイフィアと一緒の部屋で間違いが起きないのか、って?

 馬鹿だなー……生まれてこの方彼女いなかった僕にそんな度胸あるわけないじゃん。

 っていうより、エイフィアの方が強いし。何かあったら余裕で負けて関節技だよ。


 ───僕はお店が終わり、いつものように店の奥にある家に帰った。

 そして、帰ったと同時に───


「魔女さん、僕に外出する許可をくださいっ!」


 思い切り土下座をしていた。


 リビングの木目の床のひんやりとした感触が額に伝わる。

 視界は茶色い景色一色で、他の景色がまったく伝わらない。


 それでも、僕は額に伝わる感触を味わいながら頭を下げ続ける。

 現在進行形でエイフィアが僕の頭を撫で撫でしている意図は分からないけど、とりあえずされるがまま放っておこうと思う。


「なんじゃ、いきなりそんなことを言うてからに」


 チラりとだけ視線を前に向ける。

 そこには、ソファーに座りながら僕を見下ろしている少女が一人いた。


 サイドに纏めた桃色の髪に、スカーレット色の双眸。

 小柄で、愛くるしいという表現しか見当たらない顔立ちで、庇護欲というか保護欲というか、男の何かを擽るような整った可愛らしい容姿をしている。

 特徴的なのは、少しだけ尖った耳と鋭く尖った八重歯だ。


 ───この少女こそ、僕を拾ってくれた恩人。

 吸血鬼でありながらも争いを好まず、平和に生きようと薬師の道を歩んだ人間。

 今では『薬師の魔女』と呼ばれている……王都では有名な薬師だ。

 名前はシダ。僕は魔女さんって呼んでいる。


 一応補足しておくけど、薬師っていうのは治癒魔法では完治できない体の中の病気を治すための薬を扱っている存在だ。


 更には、治癒魔法という高価なものに手が出せない人達のやめに、薬という安価なもので怪我を治してくれたりもする。


 魔女さんは薬師のエキスパートで、聞けば、お偉いさんの病気とかも治してみせた経歴もあるらしい。

 僕の中でお父さんお母さんと同じぐらい尊敬している人だ。


 ちなみに、吸血鬼だけど血は「変な味がするから好かん」って言って飲まない。

 変だよね? 僕の中で吸血鬼のイメージが崩れたよ。

 まぁ、吸われるよりかはいいんだけどさ……って、そうじゃない。

 それよりも───


「端的に言うと、お外に出る許可がほしいんです!」

「それは端的にとは言わんじゃろ。初めからそれしか言っとらんわ」


 魔女さんはため息を吐く。

 毎回思うけど、可愛らしい外見と年老いたおばあちゃんみたいな口調のギャップが相変わらず激しい人だ。

 ……まぁ、二百歳超えているらしいから、仕方ないのかもしれないけど。


わらわが言うとるのは、外出したい理由じゃ。それすら聞かんで、ほいほいと外出などさせんじゃろ」


 僕ぐらいの年齢の子だったらほいほいと許可をもらわず外出する人の方が多い気がするが……深くは言うまい。


「実は、新しい新商品を───」

「ダメじゃ」

「作ったので宣伝したくて───」

「諦めろ」

「今度お客さんが開くお茶会に───」

「大人しくせい」

「聞く気ないでしょ!? ねぇ!?」


 説明しろと言ってきたはずなのに、説明をさせる前から却下してきた。

 この人から外出許可をもらえる気が微塵も感じられない。


「外の世界は危ないんじゃ。妾が許しておるのは、商業ギルドまで……それ以上は許さん」


 まったく聞く耳を持たない魔女さん。

 僕は聞いてくれなくて涙だよ。


 っていうより、外に出ただけで危ない目に合うとか、僕はどれだけ子供だと思われているのだろうか?


「可愛い可愛いお前さんを危ない目にはあわせとぉない。何があるか分からんからの、本当はずっとこの家にいてほしいぐらいなんじゃ。お前さんが他の者と接するところを想像しただけで胃がキリキリするわい」


 魔女さんには異世界に転生して路頭に迷っていた僕を拾ってくれた恩も、お店を貸してくれて店を開かせてくれた恩もある。

 だから文句も言えないし、心配してくれるのは凄く嬉しいんだけど……一言、言わせてもらっていい?


 ───過保護すぎじゃない? と。


(えぇい、このままじゃ夢の店内満席がおじゃんだ! なんとしてでも外出許可をもらってカフェオレの宣伝を……ッ!)


 女性の口コミの力は凄まじい。

 一人評価を下せば、瞬く間に色んな知り合い伝手から拡散をされてしまう。

 商業というものをまったく学んでいなかった僕でも、女性の口コミは重要だと認識している。


 お茶会というものはあまり理解していないけど、少しぐらいは女の子が来てくれるはず。

 だからこそ、この機会を逃すわけにはいかなかった。


 僕は思考を巡らせる。

 どうすれば、この過保護な魔女さんを説き伏せることができるのか、と。


(そうだ、仲間を増やせばいいんだ! 一対一だから僕の説得力が弱くなっているだけで、二人いれば魔女さんも納得してくれるはず!)


 僕は先程から頭を撫で続けているエイフィアに加勢してもらうことにした。

 カフェオレも気に入ってくれていたし、きっと味方になってくれるだろう。


「エイフィア! 君からも何か言ってやって!」

「外は危ないから、出ちゃダメだよ? 私もシダさんに賛成……可愛いタクトくんを危ないお外には出したくないです!」


 過保護が魔女さんだけじゃないことを失念していた。


「だったら、エイフィアも一緒に来てよ! 冒険者もやっていて、とても女性とは思えない怪力を持っている女子力皆無で残念なエイフィアがいれば僕が危ない目に合うことも───」

「えいっ★」

「───ないかもしれないけどぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!? 現在進行形で危ない目に合っているぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」


 可愛い声で足関節をキメられた僕は情けない悲鳴を上げてしまう。

 どうやら、僕の言葉選びは絶妙に間違っていたらしい。


「ごめん、本当にごめんエイフィア! 僕が悪かった、謝るから足関節を綺麗に曲げてこないでぇぇぇぇぇぇっ! 僕はただに行きたいだけなんだぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 エイフィアに謝りながら、僕は必死に抜け出そうとする。

 すると、そんな僕とエイフィアを見ていた魔女さんが何やら様子を変えた。


「ふむ……アスタルテ家、か」

「どうしたの、シダさん?」

「いや……」


 魔女さんが何やら考え事を始める。

 突然変わった魔女さんの様子に、僕もエイフィアも思わず動きを止めて窺ってしまう。


 そして───


「……よし、外出を許可しよう」

「ほんとっ!?」


 僕は魔女さんが許可をくれたこと嬉しくて立ち上がってしまう。

 エイフィアの拘束も、何故かするりと抜け出すことができた。


「いいの、シダさん?」

「まぁ、アスタルテ家なら一応は安心できる。付き合いもあるし、人となりは知っておるつもりじゃ……だったら、たまにぐらいは外出させてやろうと思ってな」

「なるほどねぇ〜」

「それに、外出させんでタクトに嫌われとぉないしの」


 僕が魔女さんを嫌うことなんてないけど……まぁ、いいや!

 これでカフェオレが宣伝できる! ついでに、この前約束した『魔法を見せてくれる』っていう件もお願いしようかな?

 早く見てみたいしね!


 今度レイシアちゃんが来た時にお願いをしてみよう、僕はそう思った。

 それと───


「そうじゃ、アスタルテ家に「うちのタクトを危険な目に合わすな」とも一筆したためておこうかの」


 めちゃくちゃ過保護だよね、とも思った。

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