拗ねたレイシアちゃんとストレート
魔女さんに土下座をして、無事に外出許可をもらうことに成功した翌日。
レイシアちゃんに「あ、いつお茶会があるのか聞かないとなー」と思っていた僕は朝からそわそわしていた。
行くと決まったのであれば早く段取りをつけたい。
それも楽しみという感情から来た焦燥なのだろう。
だから今日はいつになく早めに店にやって来てしまった。
一日千秋の思いで店内の掃除をして、宝くじの抽選結果の時のようにキッチンのカウンターでドアベルが鳴るのを待つ。
そして───
「おはようございます、タクトさん。今日も来てしまいました」
ドアベルの音が鳴り、銀髪の髪を靡かせた少女が姿を見せた。
僕は嬉しくて立ち上がり、両手を広げて迎える。
「待っていたよっ! 遅いじゃないか!」
「開店直後ですよね!?」
君なら開店前でもウェルカムなんだ。
っていうより、もう店前で出会った時からかれこれ二週間弱は経とうとしていて、毎日のように顔を見せているんだからぶっちゃけいつ来てくれてもいいと思い始めている。
もし店が開いていなかったら、家のドアを叩いてくれればいいから。
僕、魔女さん達があまり外に出させてくれないので、大抵家にいるよ。
っと、そんなことよりも───
「僕は昨日からずっと……君の顔が見たかったんだ!」
早くお茶会のことを話したくて。
「ふぇっ!?」
レイシアちゃんが唐突に顔を真っ赤にさせる。
おかしい……お茶会の話をするだけなのに、どうして口をパクパクさせて若干放心しているのだろうか?
僕は別に驚くようなことを言ったわけじゃないんだけど……。
「本当に、昨日からレイシアちゃんのことしか考えてなかったよ」
いつお茶会があるのか、何を持っていってもいいのかとか、レイシアちゃんと色々とすり合わせすることだけを考えていたからね。
「あ、あぅ……」
レイシアちゃんは両手で赤くなった顔を覆い、そのまましゃがみこんでしまった。
……ふむ、今日はレイシアちゃんの様子が変だ。
これはもしかして、あまり体調が優れないのかもしれない。
「大丈夫、レイシアちゃん……?」
「へっ!? だ、だだだだだだだだ大丈夫でしゅよっ!?」
もしかしなくても重症のようだ。
僕が声をかけただけだというのに、レイシアちゃんの呂律が上手く機能していない。
「もし体調悪かったら言ってね? 僕の家にあるベッドで寝てもらうから」
流石に座ったままというのはキツいだろう。
どうして体調が悪い中うちの店に来てくれたのか分からないけど、流石に体調が悪い人をそのままにしてはおけない。
家の中に入れば僕のベッド貸してあげられるし、とりあえず体調が回復するまでは寝てもらおう。
「ベッド!? 寝る!?」
どうしてか、その部分だけを抜き取られると僕が卑猥なお誘いをしている風に聞こえる。
「そうなっちゃうと、お茶会の話はできなさそうだよね……」
「……へ? お茶会……ですか?」
「うん、レイシアちゃんが来たらその話をしようと思ったんだけど……体調が悪いなら仕方ないよね」
体調が悪いまま話をさせるのも気が引けるし、今日は諦めてまた後日にしよう。
……せっかくの外出、せっかくの宣伝、せっかくの魔法。
はぁ……楽しみにしていたんだけどなぁ。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……そうですか、そうですよね……タクトさんは、こういう人ですもんね」
僕がガッカリしていると、何故かレイシアちゃんは大きなため息を吐いた。
「……コーヒー、ください」
「あれ、体調は?」
「元々悪くありません。悪いのはタクトさんです」
「何故!?」
僕が何をしたというのか? 正直不思議で仕方ない。
しかし、そんな疑問を浮かべている僕のことなど無視して、レイシアちゃんはいつもの定位置に座り始めた。
そして、プクーっと頬を膨らませる。
「……今日は閉店までいてやりますから」
「嬉しいけど……」
意固地になる場面じゃないような……というより、口調が多少荒くなってしまっているような気がする。
これは平民が経営しているお店に通ってしまった弊害なのかもしれない。
でも、拗ねて口調が変わってしまったレイシアちゃんも……その、ちょっとかわいいです。
天使のような女の子が小悪魔になったような、そんな感じのギャップ。好き。
そんなことを思いながら、僕はコーヒーの準備をしていく。
───僕がコーヒーを作る際は、決まって静かになることが多い。
エイフィアといるとそうでもないんだけど、レイシアちゃんがいる時は基本そうなってしまう。
というのも、レイシアちゃんは僕が作るところをマジマジと見てくるからだ。
挽くところからお湯を注いで抽出するところまで。
スマホという娯楽がなく、暇を持て余しているからかもしれないけど、レイシアちゃんは無言で興味深そうに眺める。
もう何回も見ているから、正直あまり物珍しくはないはずなんだけど……まぁ、興味を持ってくれるのは嬉しいことだからよしとしよう。
「とりあえず、はいコレ」
コーヒーを注ぎ、ソーサーに乗せたカップをレイシアちゃんに渡す。
レイシアちゃんは「ありがとうございます」という言葉を添えて、熱さを誤魔化すように息を吹いて一口啜る。
すると───
「……いつもより甘い、ですね」
レイシアちゃんは含んだコーヒーの味に驚いた。
「しっとりとした甘みに、いつもより強い香り……苦味が少し抑えられています」
「そうでしょ? いつもとちょっと変えてみたんだ」
「そうなのですか?」
「うん」
僕は棚から二つのコーヒー豆が入っているビンを取り出す。
「こっちは色々なコーヒー豆を調合したもので、この中身はブレンドに使う豆……いつもレイシアちゃんが飲んでいるやつだね。それで、今日飲んだのはこっち───一つの豆だけを使ったものなんだ」
複数のコーヒー豆を調合して飲むのがブレンド。
そして、逆に一つのコーヒー豆を使用して飲むのが《ストレート》と呼ばれている。
「今日出したのはストレートって言って、一つの豆のよさを最大限引き出せるようにそのコーヒー豆だけを使ったコーヒー。逆にブレンドは、複数の豆のよさを出せるように混ぜて調整するから、色んな人でも飲みやすいのが特徴なんだ」
「だから、いつも私にはブレンドと呼ばれるものを出してくれていたのですね」
「そうそう。でも、そろそろレイシアちゃんにも色んなコーヒーを飲んでみてほしいから、今回はストレートを用意したよ」
レイシアちゃんはもう一度コーヒーを口に含む。
何度も味を確かめるように舌を転がし、眉を潜めたり口元を綻ばせたりする。
凄く顔に出る人だな、と。そう思った。
「……私には、少し甘いかもしれません」
「じゃあ、次の豆も試してみようか」
僕は棚から色んな瓶を取り出してカウンターに並べる。
この世界はキリマンジャロとかブラジルとかっていう豆の種類なんかが明記されていない。
どんな香りがして、どこまで苦味があってコクがあるのか。
それが分からないため、色々と買い漁って試行錯誤した日々が懐かしい。
「色んな豆があるのですね……」
「僕の知っている限りじゃ、ここにあるもの以外にもまだたくさんあるよ」
それは日本にいた時の話だけど。
「豆によっても、挽き方によっても、蒸らし方によっても味は変わってくる……コーヒーを作る人の腕によっても変わるけど、それぐらいコーヒーには色んな種類があって味があるんだ」
昔は色んな喫茶店を回って、色んな味を楽しんだもんだ。
新しい驚き、新しい味、自分の好みを見つけていく探究心……それもコーヒーを飲む楽しさの一つだと思っている。
「せっかく来てくれたんだ、レイシアちゃんの好きな味を見つけてみようよ! 幸いなことに、ここには有り余った色んなコーヒー豆があるからね!」
「ふふっ、それは楽しみですね」
レイシアちゃんが小さく笑う。
お客さんがコーヒーのことで笑ってくれた、それが嬉しく思ってしまう。
それと、レイシアちゃんの笑う姿を見て───
「可愛い……」
「ふぇっ!?」
いけない、つい思ったことが口から出てしまった。
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