敬うとそのまま

「いい、タクトくん……アスタルテ家っていうのは、この国のお貴族様なんだよ」


 カウンターから見えないよう、しゃがみながらエイフィアが僕に説明してくれる。

 何故か分からないが、とりあえずレイシアちゃんに見られたくないのだろう。


 僕も同じようにしゃがんで、話を聞くことにした。

 レイシアちゃんを放置するのは申し訳ない気がするけど。


「貴族って、あの貴族……?」

「あのもそのもないけど、あの貴族だよ」

「なるほど……あの貴族なのね」


 どうやら、レイシアちゃんは予想通りお嬢様で合っていたみたいだ。

 貴族様ともなれば、治癒魔法士を簡単に雇って簡単に治療するぐらいのお金は持っているはずだからね。合点がいったぜ。


「でね、私の知ってるアスタルテっていうのは、この国の公爵家の家名なんだよ。すっごく偉い人なんだよ」

「なるほどそうなんだね」

「反応薄い!」


 エイフィアが僕の頭を小突く。

 ちょっと痛い。


「だって、どれぐらい偉いのかって分からないんだよ。貴族は確かに偉いっていうのは知ってるけど……」

「タクトくん……流石に常識だよ? 平民でも、貴族階級は普通に知ってるよ?」


 エイフィアが呆れ混じりの目を向けてくる。

 なんか僕が常識ないみたいな感じで見られてるけど……こればっかりは抗議したいところだ。


「僕、過去に聞いたことがあるんだ。エイフィアに……「貴族って何?」って」

「うん、聞かれた覚えがあるんだよ」

「その時、エイフィアは「知らなくても生きていけるから大丈夫!」って言われたんだよね」

「…………」

「まぁ、生きていけたんだけど……教えてくれなかったんだよね」

「…………」


 エイフィアが明後日の方向を見始める。

 どうして顔を逸らすのかな? 僕は全力でエイフィアの顔を見続けるよ? こっちを見てくれるまで。


「だ、だって! もしタクトくんが貴族に興味を持ち始めて「貴族に会いに行こう!」とか言い始めたら嫌だったし! 危ない目に合うかもしれないじゃん!」

「僕は子供か」


 どれだけ好奇心に真っ直ぐな男だと思われているのか?

 流石に知らない人に興味を持っただけで話に行こうとはしないよ。


「……その話はいいけど、結局アスタルテ家ってどれぐらい偉いのさ?」

「えーっとね……タクトくんも、この国の王様が一番偉いっていうのは流石に分かるよね?」

「うん、一応」


 総理大臣とかないもんね。

 日本で言ったら天皇陛下様みたいなポジションにいるのが王様っていう認識ぐらいはある。


「次に偉いのが、王様の家族───王家ってやつだね。そして、その王家の次に偉いのが公爵家なんだよ!」

「へぇー」

「公爵家はこの国で三家しか存在しなくて、レイシア様はその内の一つ……アスタルテ家のご令嬢なんだよ」

「ふぅーん」

「だから、レイシア様にはなるべく失礼のないように───」

「ふむふむ」

「……タクトくん、さっきから反応が軽くない?」


 もう一度、エイフィアからのジト目が向けられる。

 若干頬を膨らませて不機嫌そうにしている姿が、なんとも可愛らしい。


「とりあえず「かなり偉い」ってことだけ頭に入れておけばいいかなって」

「……こういう反応するから、お外に出したくないんだよ」

「外には出させてよ」


 仕入れ以外の時でも気軽に外出させてほしい。

 今度レイシアちゃんと遊びに行く予定があるんだから。


 いや、本当に。仕入れ以外で外出させてくれないから外出させて。


「まぁ、でもエイフィアが敬語になっちゃったぐらいだから、レイシアちゃんに対して僕も馴れ馴れしくせずに敬った態度で接した方がいいってことだね」

「その通り! よくできましたー!」

「えへへ……ハッ!」


 いけない、過度な子供扱いに流されるところだった。


「ごほんっ! エイフィアの言うことは分かった。僕もそれなりの態度で接することにするよ」


 僕はエイフィアからの説明を終えて立ち上がる。

 カウンター前に座るレイシアちゃんが首を傾げて僕の方を見ていた。


 突然内緒話をされたら疑問に思うのも仕方ないだろう。

 しかし、これは必要なこと。レイシアちゃんに対する接し方が間違っていたのだから、問題が大きくなる前に直しておかなくてはならない。


 そして、エイフィアから説明を受けたことで理解した……今後は、レイシアちゃんに対して馴れ馴れしくなどせず、敬語を使って失礼のないようにするのだと。


 だから僕は精一杯の笑顔を向けて口を開いた。


「失礼いたしましたレイシア様。お客様の前で内緒話など───」

「やめてください」

「今後、レイシア様に対して失礼のないよう───」

「やめてください」

「…………」


 やめろって言われました。


「エイフィア、話が違う。思いっきりの拒絶をされた」


 僕はレイシアちゃんから背を向けて後ろにいたエイフィアにジト目を向ける。


「で、でも! 普通は敬語を使うんだよ!? それが当たり前───」

「エイフィアさんも、私に敬語はやめてください」

「……あれぇ?」


 エイフィアが首を傾げる。

 どうやら、エイフィアの言っていたことは間違いだったみたいだ。


 別に貴族様でも、敬語を使わなくてもいいらしい。

 よかった、同年代の人に敬語を使うってかなり違和感があったから。


「エイフィアさんも、私には普段通りの接し方で大丈夫ですから。私、あまり敬われるのは好きではないんです」

「あ、そうなの? だったらそうするね!」


 この切り替えの速さ……先程、僕に「敬語を使え」と教えていた人間とは思えない。


「タ、タクトさんも……前も言いましたが、今まで通りの接し方にしていただけないでしょうか? 私、その……あなたとは、壁のない関係でありたいです、から……」


 レイシアちゃんが恥ずかしそうに頬を染めながらそんなことを言ってくる。

 どうして恥ずかしそうに言ってくるのか分からないけど……まぁ、いっか。


 とりあえず───


「ははーん……そっかそっか。なるほどねぇ〜」


 横でニヤニヤしながら僕とレイシアちゃんを見るエルフが腹立たしかった。


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