逃げてきた少女
開店しようかと思っていたら、目の前に美少女が座っていた。
これはどういう状況なのだろうか?
……もしかして、僕のコーヒーを飲むためにわざわざ朝から待っていたとか───
(なーんて、あるわけないよねー)
流石の僕でも、そうじゃないことぐらいは分かる。
まず、この世界ではコーヒーを飲むという習慣がないし、飲んだことがあるにしても苦くて好まない人が多い。
そんな世界で、開店前から並んでまで飲もうとする人間なんかいないだろう。
次に、目の前にいる少女の身なりだ。
異世界に来て分かったけど、上質な服は平民には手が出せず、大体がお金持ちの人しか持っていない。
彼女が着ている服は見るからに上質な服で、きらきらと光る装飾がウザくならない程度にオシャレとしてついている。
高そうだ……うん、僕でも分かる。
つまり、彼女はいいところのお嬢様……そんな少女が、一人で蹲っている状況なんておかしい。
察するに、何かあってたまたまここに行き着いたって感じなんだと思う。
纏めると、彼女はお客さんじゃない。
つまるところ、僕は「いらっしゃいませ」とは言えないということで───
「悲しい……ッ!」
「い、いきなりさめざめと泣いてどうされたのですか……?」
お客さんだと思って喜んでいたのに……なんかショック。
「気にしないで───それより、こんなところでどうしたの?」
涙を拭きながら、先程から座っている少女に尋ねる。
「あの、その……お邪魔、でしたよね」
「邪魔にならないほど閑古鳥が鳴くから大丈夫だよ?」
「……いちいち反応に困ることを言いますね」
事実だから仕方がない。
いつか「邪魔」と言えるようなお店にしたいものだ。
「それよりも、僕的には君がここで座っている理由の方が気になっているんだけど……」
「……そうですよね。別に、このお店に用があったわけではないんです。行き着いてしまったと言いますか……」
「そっか。予想はしてたけど」
ただ、ここに行き着く理由が知りたい。
───一応『異世界喫茶』っていう名前にしているこのお店は、王都の繁華街の外れにある。
ウィンドウショッピングがてら、通りがてらという理由で通ることはあまりなく、滅多に人が訪れることはない。
……自分で言ってて悲しいけど。立地問題に涙が出るけども!
そう言った場所にあるから、普通の理由だけでこの店には簡単に行き着かないのだ。
だから、何かしらの理由があると僕は見た。
例えば───
「誰かから逃げてきて、とか?」
「ッ!?」
少女の肩が跳ねる。
これはビンゴと見て間違いないだろう。
「そっか……逃げてきちゃったかー」
こんな可愛らしい女の子が逃げ出すなんて、どんな理由があるだろうか?
正直、ジャパン出身の平民にはお嬢様が逃げ出すような理由なんて想像がつかない。
想像できるのだとしたら───
〜タクトイマジネーション〜
『わたくし、こんな婚約認められませんわっ!』
『何を言っているんだいジョセフィーヌ! これも我が家のしきたり……仕方のないことなんだ!』
『しきたりなんて知りませんわ! わたくしは、わたくしの好きになった彼と人生を過ごしていきたいのです! それでもしきたりが大事だと言うのであれば───こんな家、出て行ってやりますわ!』
『ま、待てジョセフィーヌ! どこに行くんだい!? じょせふぃーぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!』
〜タクトイマジネーション終了〜
「愛の逃避行……ってところかな?」
「えーっと……違います」
「ふむ……だったら───」
〜タクトイマジネーション②〜
『ジョセフィーヌ! 君との婚約を破棄する!』
『なっ!? どうしてですか殿下!?』
『君はマリーにいじめをしていたようだね? そんな女性は、妃として相応しくない!』
『そんな! わたくしはただ、殿下の近くにいる虫を排除しようと───』
『御託はいい! 誰か、この女を捕らえよ!』
〜タクトイマジネーション終了〜
「婚約破棄、か……」
「私、まだ誰とも婚約していません……」
「となれば───」
〜タクトイマジネーション③〜
『ジョセフィーヌ、君だけでも先に逃げるんだ!』
『そんな、ダニエル! あなたを置いてなんて逃げられないわ!』
『君のお腹には僕達の希望……その子が眠ってるじゃないか……』
『ダニエル……』
『僕の分まで、その子を愛してほしい……!』
『だ、だにえるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!』
〜タクトイマジネーション終了〜
「お腹の赤ちゃんを守るために……」
「結婚もしていないのに、子供なんていませんけど!?」
「僕には、君が分からないっ!」
「出会って数分ですよね!?」
一体、どんな理由で逃げてきたというのか?
もはや、僕のタクトイマジネーションだけでは理解することが難しくなってしまった。
でも、逃げ出すってことは見つかったらいけないようなことがあったってことだよね。
見つかったら怒られるかな? いや、きっとこの子は怒られるだろうな。
せめて「いなくなったのには理由があるんです!」みたいなことになればいいんだけど───
「はぁ……変わった方と出会ってしまった気がします」
「僕も、君みたいな可愛い女の子と出会ったのは初めてだよ」
「か、可愛い……ッ!?」
どうしてそこで反応するんだろう。
こんなに可愛いんだから、日頃から耳にタコができてしまうほど言われていそうなのに。
でも、実際にこんなに可愛い子に出会ったのは初めてだな。
正確に言うと、可愛い子はうちに二人いるから見たことはあるんだけど「ザ・お嬢様!」っていう感じの子とは初めて出会った。
「と、とにかく……私はこれで失礼します。私がここにいればご迷惑になるかもしれませんし」
そう言って、赤くなった頬を見せながら立ち上がろうとする少女。
すると───
「いつ……っ」
急に足を押さえてまた蹲ってしまった。
足の方を見ると、きめ細かな白い肌が一部分だけ酷く腫れ上がっている。
捻挫でもしたか、どこか足をぶつけてしまったか。
医者じゃないから詳しいことは分からないけど、僕からはそう見えた。
「手を貸して」
だから、僕は少女に手を差し出す。
怪我したままここにいるのは危険だ。
王家のお膝元である王都だろうが、治安がいいわけじゃない。
明らかに抵抗できなさそうな少女がこんなところで座っていると、悪い男に声をかけられて何かあるかもしれないから。
「これは……」
「ちょっとだけ立ち上がって歩けるかな? 中に入れば椅子もあるし、魔女さんの薬もあるから少しぐらいは治療できる」
僕がそう言うと、少女は手を後ろに引っ込めてしまう。
「まぁ、悪い男の悪いお誘いだから警戒するのも無理はないよね」
知らない人について行くなって、僕も子供の時はよく言われたなぁ。
うん、この子が警戒するのも理解できる。
「でも、中に入れば簡単な治療をしてあげられるし、しばらく匿うことができるよ? こんな場所には滅多に人なんか来ないからね。その代わり、見ず知らずの僕と二人きりになってもらうけど」
「……魅力的な部分と警戒してしまう部分があります」
「言ったじゃん、悪い男のお誘いだって」
僕は少女に近寄って無理矢理立ち上がらせる。
肩を貸して、空いてる手で店の扉を開けた。
「それじゃあ、全然賛同してくれないから僕の下心で君を無理矢理中に連れて行くことにしよう! 君は知らない男に無理矢理中へと入らされたってことで!」
「それは『追っている人が来た時の言い訳として私に使え』という意味でしょうか……?」
「さぁ? 僕はこれっぽっちも考えてないよ? 生まれてこの方、恋人なしの僕はこうでもしないと可愛い女の子と二人きりになれないからさ」
まぁ、彼女が「少し離れた場所に行こうとして変な男に連れ込まれたんだ」って言えば、もしかしたら見つかっちゃってもあまり怒られないかもだけど。
でも、どんな理由で逃げ出してどんな経緯で逃げたのか分からないから、その言い分が通じるかは知らない。
「……お優しいんですね」
「全然、優しくはないよ。ただ───」
目の前で困っていそうな女の子がいたら、放っておけないのが男だもんね。
そんなことを思いながら、僕は少女を連れて異世界喫茶の中へと入った。
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