異世界喫茶、公爵家の令嬢を助けたら入り浸るようになった件
楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】
第1章 異世界喫茶と公爵令嬢
異世界転生、からの運命の出会い
———死にました。
~完~
……ってなるはずだったんだけど、どうしてかそうはならなかった。
高二の夏、バリスタを目指していた僕───
どれぐらいの人が亡くなったのか? 死んだのは僕だけなのだろうか?
そんな疑問はあるけれど、ぶっちゃけ分からない。
だって、一瞬だよ? ぶつかる……って思った時には意識が持っていかれたんだもん。
それで、目を覚ましたら―――なんと、お空に飛行機ぐらいの大きさがある鳥さんが飛んでいました。
驚いた。ナニコレフィクション? って。
それが現実なんだって気づくのはしばらく呆けたあとだと思う。
そして、ここが異世界なんだって気づくのはそれより先の話だ。
更に驚いたのは、水面に映る自分の姿が変わっていたことだ。
幼くも美形の将来が目に浮かぶような顔立ち。身長は低く、碧色の双眸とこげ茶色の髪。
日本人どこ行った? カムバック、我が肉体。
……いや、ぶちゃいくNG。帰れ我が肉体。
これからどうするべきか……お腹は空いたし、家族がいたような記憶もなければ辺りを見渡しても木々ばかりで帰る場所すら分からなかった。
これがもし転生というものであれば、少なからずこの子の持っている記憶ぐらいはあってもよかったんだけど、生憎とその時の僕には現代日本で生きていたジェントルメンな僕の記憶しかない。
「は、八方塞がり……ッ!」
そう言って、膝をついていた記憶が懐かしい。
……え? 懐かしいって、これは過去の話だったの? って、誰か言った?
うん、結構過去形———こうしてお話ししているけど、実はあれから五年は経っています。
結論から話すけど、僕は転生した直後に『薬師の魔女』と呼ばれる吸血鬼の少女に拾われたんだ。
血を吸われる! って思っていたんだけど、親切なことに右も左も分からない僕に懇切丁寧にここでの生活を教えてくれた。
僕は転生者なんだ―――そう言っても、魔女さんは信じてはくれない。
結局、五年が経った今でも魔女さんは僕のことを孤児だと思っているらしい。解せぬ。
―――なんだかんだで運に恵まれたからこそ、僕は五年経った今でも生きることができている。
多分、魔女さんには一生頭が上がらないと思う。命の恩人だし、ここまで僕を育ててくれたし。
天国の……いや、殺しちゃダメか。
日本で生きているマイマザー、マイファザー、そしてマイシスター……お元気でしょうか?
俺は元気でやっています。安心してください。
元気でやっているのですが……今日、この日。
僕は彼女と出会ってしまいました。
きっと、僕の人生を大きく変えてしまうような……そんな、運命の少女に。
♦♦♦
「……よしっ!」
僕は室内を見渡し、満足気に頷く。
木でできたレトロな内装。壁にはインテリアとして頑張って生やした植物の蔓が張り巡らされており、カウンター前にはいくつもの椅子。
端には四人掛けのテーブルが四つに、簡易ではあるけれどカウンターの奥に設置されているキッチン。
棚に並ぶのは、大量のコーヒーカップ。
コーヒー豆の香ばしい匂いが、室内に充満していて僕の鼻腔を擽ってくる。
「清掃はばっちりだね! 開店準備完了!」
手に持っていた雑巾とバケツを部屋の奥へと持っていき、濃い緑色のエプロンを身に着ける。
これで本格的に準備は完了だ。
―――拝啓、お父さんお母さん妹よ。
僕、夢の喫茶店を持つことができました。
といっても、そこまで本格的なお店じゃないんだけどね。
拾ってくれた魔女さんが使わなくなったお店を借りて、改装して喫茶店チックにしただけ。
お客さんがあまり来ないんだよ……悲しいことに。
お店って呼ぶのが、かなりはばかられるぐらいには。
まぁ、原因は分かっている―――異世界にはコーヒー豆はあるのにコーヒーを飲む習慣がないんだ。
口を揃えて「苦い」からって。魔女さんもそう言っていた。
だけど! 僕は自分の作ったコーヒーを出すことができる!
バリスタにはなれなかったけど、バリスタみたいなことができて、大変満足です。
……。
…………。
………………嘘です、満足していません。お客さんいっぱい来てほしいです。
「……まぁ、いっか。今日も今日とて頑張ろう!」
僕は頬を叩いて、外の看板を入れ替えるために入り口へと向かう。
―――今日はなんてことのない平日の一日。
異世界に来て、当たり前のように過ごしてきた平和と呼べる一日だ。
僕が転生してから五年。
第二の人生を送っていく道半ばの平凡な日。
だけど―――
「……あれ?」
今日、この日。
僕の人生は徐々に変わっていった。
劇的でもなくて、唐突な変化もあったわけじゃないけど———明確に、この日がきっかけなんだって、そう思う。
入り口の扉を開けたその時、ふと店の前でしゃがみ込んでいる女の子を、僕は見つけたんだ。
「あのー……どちら様で?」
「あ、あなたこそ……どなた、でしょうか?」
ミスリルのような銀色の長髪。
あどけなくも美しい顔立ち、潤んだライトグリーンの双眸。
その子は着飾ったお人形のような、造形美が整いすぎている……天使のような少女だった。
僕が、この少女と———……って思ってしまうきっかけだなんて、一体想像がついただろうか?
「えーっと……コーヒーでも飲む?」
少なくともこの瞬間の僕は、まったく想像がつかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます