桜と少女(1話完結予定)

心桜 鶉

第1話


「あちー。やっぱ、外に出たの失敗だったな・・・」


普段家の中に引きこもっているので少しでも運動しようと、頑張る俺に太陽は照りつけた。


「写真を撮ってもらってもいいですか?」


「うぉっ!?」


 俺は誰かに急に声を掛けられたことに驚いて振り向くと、俺のオーバーリアクションにびっくりしつつも少し恥ずかしそうにして顔をうつむき加減にしている少女がいた。

 

 その少女は少し上目遣いで俺と目を合わせたかと思うとすぐにそらしてしまう。


 「急にすみません・・・あの、私、自撮りが苦手で・・・何度も撮り直したのですが、上手くいかなくて。」


 おどおどしながらそう言うと、その少女は手に持っていたスマートフォンを差し出してきた。


 あまり要点が分からなかったが、写真を撮って欲しい、ということだと何となく彼女の意図を理解した。


 「・・・良いですよ」


 俺はそう言うと、携帯を受け取り、横画面にして彼女に向ける。俺の動作に笑顔を向け、ピースをした。画面全体を見て構図を決めると、シャッターボタンを軽く押し、ピントを合わせる。ピントが合ったところでもう一度深く押す。


 「はい、チーズ!」


 だが、ここでシャッター音が鳴るはずなのだが画面に表示されたのは警告だった。暗くて見え辛い画面を覗き、目を凝らしながらメッセージを読むとそこにはこう書いてあった。


 『電池の残量が少なくなっています。撮影するためには充電をしてください。』


 ──何と・・・電池が無いか。これでは写真を撮れないな。俺は携帯を返しながら、


 「あの・・・電池がないみたいです。」


 と言うと彼女は


 「え!?本当ですか?あ、気づかなかったです・・・」


 と驚き、残念がる様子を見せた。上手くいかなかったと言っていた原因はおそらくそれだろう。今日は太陽の光が少し強いので画面が暗くなってしまい、警告に気づけなかったのかもしれない。

 目の前の彼女は携帯を肩掛けの小さなバッグにしまい、いそいそと帰り支度を始めていた。後ろには満開の桜が咲いている。彼女はきっとこれを撮りたかったのだろう。今までで一番きれいな桜だ。俺だったらこの桜を撮らないと後で気にするだろうな、と思ったので


 「俺の携帯で代わりに撮りましょうか?」


 俺はついそのような提案をしていた。心拍数が跳ね上がる。言った後に少し後悔もした。軽率だったかなと。しかし、やっぱりこの機会を逃すのはもったいないような気がしたのだった。


 「え、良いのですか?お願いしたいです。」


 彼女は少し驚いた顔をしたが、幸いにも俺のとっさの提案に嫌な顔をすることなく、ありがとうございます、と笑顔になった。

 仕切り直して、俺の携帯を取り出しカメラモードに切り替える。後ろの桜も綺麗に映るような構図を考え、彼女にピントを合わせる。

 写真は趣味で撮っているが、誰かのために撮るというのはごく稀で多い方では無い。上手く撮れなかったらどうしようという不安も緊張の他に混じっていた。

 普段当たり前のように行っていた操作も、この手順で合っているのかなと急に心配になるのは不思議な現象である。

様々な感情が飛び交う中、最後にもう一度全体のバランスを確認して、よし撮るぞという念をシャッターボタンに込めながら押した。


 撮影した写真は今までで一番上手に撮ることが出来た、気がした。


 「ありがとうございます!」


 彼女にも見せると満足した表情になり、大きく頷くと彼女は笑顔のまま俺の腕を掴んだ。そして、俺の体をくるっと方向転換させると


 「せっかくなので一緒にもう一枚撮りましょう!」


 と耳元で囁いたのだった。


 「うわっ!!!」


 俺は、勢いよく飛び起きてしまった。一番最初の彼女の第一印象とは対象的な行動とその可愛げな声に耐えられなかったようだ。心臓の鼓動が少し速い。

 落ち着かせるために深呼吸をし、目の前の捲れている掛布団に視線をやった。そして、さらに遠くへと移していく。そこには見慣れている時計や机などがあった。


 「なんだ、夢かよ・・・。」


 瞼は重いが寝起きで朦朧としている意識がだんだんとはっきりしていくにつれ、現実だと思っていた先ほどの出来事が夢だったことに気が付き、ため息とともに肩を落とす。もう一度、布団にもぐろうかと考えたが、再び時計を見ると、5時半だった。


 んーどうしたもんか、と目を閉じて思考を巡らせた。


 「散歩に行くか・・・」


 別に変な夢をみたから、ではない。夢の中の俺はだらしなかったが、現実の俺は一応散歩は毎朝の日課にしているのだ。あんまり達成できて無いが。とにかく家にいると体がなまってしまうので、外に出て歩いて、少しでも体を動かしたい。

 顔を洗い、動きやすい服に着替えて準備を整えると、玄関を開けて外に出た。

 この時期、日中は暑いが朝はとても涼しくて快適だ。普段の散歩コースは家から2キロ弱先にある、お城を囲うお堀までをゴールとしていて、目的地までの道順は毎日変えている。毎日同じ風景だと飽きてしまうし、いつもと違う道で行けば、新しい発見があるかもしれないからだ。

 川の流れる清流の音を聞きながら川沿いを歩いていく。自分と同じように散歩をしている人にすれ違いざまに何度か挨拶を交わしていると、目的地の石垣が見えてきた。

 20分ほどのコースだが、残念ながら今日は特に新しい発見は無かった。

 有酸素運動をするために早歩きだった歩調を、緩めながらお堀を回り、普段ならそのまま家に帰るところだが、せっかくなのでお城の東御門から城内へ入っていくことにした。

 門をくぐり、先を進んでいくと、桃色の花が目前に広がっていた。誰もいない芝生広場に満開の桜がひっそりと咲いていた。

 桜の下で誰かと飯を食べながら語り合えるほどの花見日和なのにと、この美しい桜を少しでも多く目に焼き付けるために芝生の上に座り、一人で花見気分を味合う。桜を見ながら思い出すのはやはり今朝の夢。今朝見た夢で飛び起きてしまい、何だか後味が悪い。現実ではなく夢だったことが少し悔しく、このままだと今日一日引きずりそうなので、実際に桜を見ることでもやもやとするこの気持ちを払拭したかった。

 目をつぶり、そよ風に耳を澄ませ、葉っぱ同士のこすれ合う音など普段会話でかき消されてしまう細かい音まで感じた。まるで葉っぱ同士が会話しているかのようだった。

 そのようにしているうちに何分か立ち、今年も桜を眺めることができて満喫したのでそろそろ家に帰ろうと思って立ち上がる。

 その時、後ろから


 「写真を撮ってもらってもいいですか?」


 と急に声を掛けられた。聞き覚えのある声に驚いて振り向くと、そこには少し恥ずかしそうにして顔をうつむき加減にしている少女がいた。


 「良いですよ」


 俺は思わず笑顔で答えていた。



※※※※



 だが、その後のことは覚えていない。はっと、気が付いた時には家にいた──というか、布団から一歩も出ていなかった。

 俺は2度寝をしていたのだ。 はあ、と先ほどと同じようにため息を漏らす。


「名前を聞いておけばよかった・・・」

 


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桜と少女(1話完結予定) 心桜 鶉 @shiou0uzura

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