Act42. 楽屋から ~純side~

 目覚めたのは、会場の楽屋だった。

 見慣れた簡易的な照明の光の中、徐々に視界がクリアになる。

「純さん……! 気づかれましたか」

 傍らで誰かとスマホで話し、しきりに謝罪の言葉を述べていたのを中断し、マネージャーが向きなおる。重い身体を起こそうとすると、まだそうしてはいけないと叱責された。

「ステージは。……どうなりましたか」

 畳の上に敷かれた座布団に身を横たえながら、声を絞り出す。

「他のメンバーのみなさんは、コンサートを続けられています。会場は一時、騒然となりましたが、メンバーのみなさんがうまく、謝罪の言葉を伝えてくださったので、なんとかもちなおしています」

 吐息をついて、額に無左座に手をあてる。

 ライブ中ぶっ倒れるとか。

 アイドル失格どころの話じゃない。

「すみません」

 その言葉しかなかったが、数あるトラブルをともに駆け抜けてきたマネージャーはやはりたいしたもので、口の端を上げて微笑んだ。

「ほんとですよ。お元気になられたら、謝罪会見に雑誌記事での釈明にと、奔走していただきます」

「ほんと、すみません……」

 舞台演出の教示を受けるために大物ディレクターとの対談を実現したいとか。

 今回のコンサートツアーにムービングステージを導入して会場全員の近くまで行ってパフォーマンスがしたいとか。

 いいエンターテイメントのために、日々難題を提案し続け、無理だと言われてもごり押しするオレのために走り回ってくれているこの人が相手だからなおさら、頭を上げることができない。

「このところ無理なスケジュールが続きましたからね。今はもうそのようなことは考えず、ゆっくり養生なさってください」

 そのマネージャーが扉の奥に消えて。



「……マジで、すみません」


 胸の内でもう一度詫びる。

 その言いつけも、守れなそうだ。


 オレは熱を持ち言うことをきかない身体を叩き起こし、ベッドのシーツを翻した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る