Act41. 決め台詞の直前 ~純side~
夕方16時。第一部。東京都心のライブ会場の大ホール。
グロッケンを滑らせて、聖なる夜の雰囲気を演出する音色が響く。
あふれ出す切なげなメロディー。もう何度となく歌ってきた『エクレール』のクリスマス・ラブソングだ。
学生のファンの子たちも危険を感じずに帰宅できる時間帯に終わるコンサートをと、メンバーで決めた時刻に、幕が上がる。
まばゆい舞台上からはいつものように、会場に集まってうちわやペンライトで応援してくれる人たちが見える。
恋人一人だけを一生愛することを誓う言葉が綴られた短い歌詞パートのあと、メンバーが一言ずつ、叫んでいく。
「みなさん、こんにちは! エクレールどぇぇす!」
おどけて叫ぶリーダーの美谷島。
開幕第一声への会場からの声援に応えて、
「あれ~? まだちょっと元気ないなぁ?」
テンションの高いキャラで煽り立てる成瀬。
「みんなー寂しかったよーっ」
最年少の愛内透伊が弟キャラの愛嬌で手を振る。
「今夜は最高の夜を過ごしましょう。メリー・クリスマス」
となりで一礼をした同期の藤波正真が、そう言ってこちらに目配せし――一瞬、凍りついたように静止するのがわかる。
マイクを通さない声で、彼が言う。
「純。――純」
正直、その瞬間のことは、断片的にしか記憶がない。
けど、冷静な正真が舞台の上で一瞬青ざめるほどオレは、ひどい顔をしていたんだろう。
待ってくれていた観客のみんなの顔を見て、直後。
幸せにしてやると叫ぶ予定が。
いつも最高にテンションを上げてくれる人々の笑顔が、エス字型に歪んで見えた。
それを皮切りに、せきとめていたなにかが、猛烈な吐き気と眩暈になって逆流のように押し寄せる。
痛みに混じって、頭の中で声が響く。
『純は、がんばってる一路純じゃなきゃだめだって、常に自分に言ってるみたい』
『そんなことしたらロボットだって故障しちゃうよ』
『がんばってないときとか、まぬけなときだって』
『純にはちゃんと、価値があるんじゃないかな?』
二つに結んだ髪。生意気な口をすぼめて、泣きそうな顔をして。
そう、オレに言った唯一のやつが、あいつだった。
ネットで小説を読んでいたときに、たまたま目に入った新着の恋愛小説。
さいしょは、それが気にかかったというだけだった。
構成もリアリティもまだまだだ。
けど、登場人物の口を借りてあいつが発する言葉は――胸に焦げ付くように、隕石のように鮮烈な光を残していく。
親友の恋をとりもとうと躍起になったり。
そのくせ自分が苦しんでることには鈍くて。
大事な原稿を引き裂かれて、一度だけ、弱っているあいつを見たとき。
芯から悔しくて、悔しくて。
このさき一生、こんな顔させたくないと思った。
あの瞬間、自覚した。
あいつはオレにとって特別なんだと。
「……」
ひとりでに口から漏れ出たのはいつものような気合いの叫びとは程遠い。
かすれた声。
「か……の」
花乃。
頼む。
無事でいてくれ。
もし、お前になんかあったらオレは。
オレは『エクレール』のメンバーで。
今、みんなのために舞台に立っていて。
そして――あいつは、絶体絶命で。
なにやってるんだオレは。
たった一人の大事な人に危機が迫っているのに、何万人ものファンのために舞台に立っていることへの矛盾が黒い波のように視界を埋め尽くしていく。
花乃。
もう一度、その名前を呟いたとき。
ついに、目の前が真っ暗になった。
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