Act38. 「優しすぎるって意味」

 人通りの多い駅前に向かったのはたぶん、本能的なものだったと思う。

 街頭に手をついて、はぁはぁと息を整えながら、追手の姿が見えないことを確認する。

 駅の広間のロータリーの一角。

 街頭に、あたしは手をついた。



 会いたい。 

 会いたい――。

 純。



 途切れ途切れの息だけが、この苦しみを表現する。

 涙も声も出さない慟哭だった。



「――花乃」

 それはいつにない、堅く厳しい声。

 あたしは振り向いた。

「夏陽……」

 まだ息を切らせているあたしを、親友は抱き留める。

「なにがあったの」

 その腕の中で、あたしはただ首を横に振る。

「ごめ……いまは、言葉が……」

 言葉が、出てこない。

 途切れ途切れに発した一つの言葉で、夏陽は十を悟ったようだった。

 そして、ただ一言だけ返す。


「純くんに、会いたい?」

「……」


 こくりとうなずいて、途切れ途切れに告げる。

 不良グループからいじめられていた子をかばって、逃げてきたことを。


 そのあいだじゅう夏陽はずっと、あたしの背中をゆっくりとさすっていた。


「ねぇ花乃。花乃がたまにいじわるされたり、人よりつらい目にあったりするの、なんでかわかる?」

 言葉がまだでてきてくれなくて、あたしは返事の代わりに、激しく首を横に振る。

「みんなどこかでわかってるからなんだよ。花乃はどんなに傷つけられても人を傷つけることができないって」

 背中を撫でていた手の感触が、ふいに止まった。

「優しすぎるって意味」

 その手は、一定のリズムで、あやすようにそこを叩きはじめる。

 とん、とん、とん。

「『死にたくなったらオレのところへ来い』って、純くんが言ってくれたんだよね?」

 一つ、うなずく。

「それじゃ、花乃ちゃんがサンタになって会いに行けばいいんじゃないかな」

「うわっ」

 突如響いた、夏陽とは別の、涼し気な中低音に、ようやく声が出た。

 立っていたのは、緑のマフラーを首に巻いて、紺色のコートを着こなし、理知的に微笑んでいる――。

「藤波くん?!」

 びっくり仰天目をひんむいていると、夏陽がちゃっかり肩をすくめて、

「なんか名残惜しくて、まだばいばいしてなかったの~、てへっ」

 ……この幸せものめ。

 なんとなくジトっと睨んでいると、藤波くんがさらに言った。

「コンサートのクリスマスイブの日。一部と二部のあいだに、休憩時間がある。そこでほんの十分でも都合つけられるかもしれない。僕の知り合いということにして、会場の楽屋に入れるよ」

「えっ、正真くん、それほんと?」

「純には秘密で驚かせてやろう。ようやく、借りを一つ返せるかな」

 夏陽の問いに、藤波くんはミステリアスに微笑んだ。


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