Act37. もう、ゴミ箱にはならない

 事件は、都心からの帰り道で起きた。

 これからまた性懲りもなくお忍びデートをするという藤波くんと夏陽とばいばいして、純に近くまで送ってもらってから別れ、十分ほど歩いた、住宅街の細い路地から。

「やめて……」

 か細い声が聞こえた。

 ぞくり、いやな予感がする。

 路地をのぞき込むと、派手な複数人の男女が一人の女子を囲っていた。

 その顔の中には、見覚えのあるものも混じっている。

 あたしをいじめていたクラスの子たちだ。囲まれているのは、同じくクラスメイトの女の子。一人の男子が、その子の脇腹を蹴る。


「地味な文化部ふぜいが、歯向かってんじゃねーよ」


 よろめいた女の子がお腹のあたりをかばうと、あたりから下品な笑い声が沸き起こった。


 真冬のそれより冷ややかな風が、胸をすっと通っていく。


 純が彼らを牽制してから、あたしに報復がこないこと、ずっとふしぎだった。

 それは、あたしが芸能人とつきあって、格上になったから?

 だから新たな標的を見つけたっていうのか。



 ――なんて。


 知らず、あたしは足を踏み出していた。


 ――なんて、不愉快な。


「やめなよ」

 もともと、態度ではずっと彼らに反発していたから。

 言葉は案外抵抗なく出た。


「――あ?」


 不良の彼らがこちらに意識を向けたすきを狙って、いじめられていた彼女をひきよせ、逃げるように目くばせする。

 その子は申し訳なさそうに頭をさげると、足早に去って行った。


「ちっ。余計なことしやがって」


 ぎろりと、こちらを睨んでくる男女は総勢六人。


 リーダー格の男子がこれ以上ないほど歪めた顔で言う。

「野原。お前近頃調子に乗ってんじゃねーか。エクレールのなんとかいうやつとつきあってるからって」

 ぎらぎらしたうろんなその目を、見返す。

「そうだね。あたしなんかが純とつきあえて、多少調子に乗ってるかもね」

 それは目を逸らしたら負けだと思ったから。

「でも、あんたたちほどじゃないよ」

 言い返す言葉には困らない。

 今まであまりに、ため込んできたからだ。

「大勢で一人を攻撃するなんて。何様のつもり?」

 一瞬、彼らが押し黙る。

 後ろにいた五人のうちの一人の女子が、がたんと傍らの壁を蹴った。

「いい気になってんじゃないよ」

 その声が合図になった。

 次々に駆け出し、六人がこっちに向かってくる。

 同時に、あたしはだっと駆け出した。


 つかまってなんかやるもんか。

 もう、これ以上、がまんしない。

 あんな人たちの感情のゴミ箱になんか、ならないんだ。



 

 ――純。あたし、堂々とできたよ。




 走りながら頭は奇妙な興奮と不安で満たされていく。


「覚えてろよ。うわついたアイドルなんて、どうにだってしてやるからな!」


 背中に浴びせられた声に思わず、立ち止まりそうになった。

 とたんに、未知の世界に踏み出してしまったことに気がついた迷子のように、怖くなる。


 あの人たちが純になにかするかもしれない。

 あたしのせいで……。


 急に鋭く傷みだした胸と脇腹を抑えることもできずに、ただ、走った。

 ちらちらと、鮮明な色味が頭をちらつく。



 赤いジャンパー。黒い革ジャン。紫のセーター。



 攻め系ファッションに包まれた、あの腕に、むしょうに抱きしめてほしくなった。

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